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2005年12月 4日 (日)

健康保険の負担引き上げは弱者イジメか強者イジメか?

健康保険の本人負担増率の動きが強まっている。
rosso_fiolencino さんのブログ記事のように,これを国民に負担を強いる,または弱者イジメなどの改悪と捉える論調は多いが,果たしてそうだろうか。

自分は,浅薄な知識で考えるところ,この動きには基本的に賛同する。

自分は基本的になるべく病院には行かないようにしている。

自分はよく,病院で支払いを済ませた後,負担率で割り戻して実際の医療費を計算してみて,間接的ではあるがその金額を負担したのだと感じてみる。その感覚をなるべく大切にして,自分の中での「病院に行く」ということの位置づけを考える。
支払った金額だけを見ると,ちょっとした風邪や怪我の治療費など,多くの人にとっては大した額ではないだろう。薬代も同様であろう。さらには,多額の保険料を払っているのだから,「使わないと損」という考えを持つ人もいるだろう。負担の少ない高齢者は尚更である。
医療関係者の一部,それもかなりの割合は,そのような状況の上にアグラをかいてはいないか。
医師が自分の知識や技術をもっともっと高めようとする努力を怠るようなことはないか,医療機器や製薬会社などが不公平に高い利益を得ていたりしないだろうか。

また,自分は病院での待ち時間が長いことが不満である。
軽い異常ではなるべく病院には行かず,不安が大きいときに受診するのに,(やや言い過ぎかも知れないが)寝ていれば治りそうな人や薬局で薬を買うだけでも良さそうな多くの人に待たされるのは辛い。それも病院に行かない理由のひとつであるし,自分が待たせる側にできるだけならないためにも,行く必要があるかどうか,よく考えるようにしている。

今,医療を取り巻く状況は改善を要しており,その手段としては,少々荒療治ではあるが本人負担の引き上げというのが現実的な選択ではないかと思うが,どうだろうか。

ただ,そのために病院などの経営状況が悪化し,看護士などは労働環境が劣悪で相応しい報酬を得られなかったり良い人材が集まらなかったりする状況が悪化することが懸念されるので,そのための対応は必要だと思うが,これは少し問題の質が違うかととも思う。

また,念のために書くと,自分は小泉内閣支持派では全くない。ただ,確信犯的独裁志向の小泉改革の中で,数少ない価値ある改革ではないかと思っている。

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