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2005年12月18日 (日)

昭和天皇が終戦を遅らせたのか?

いつも取り上げさせて頂いているレッツらさんのブログの皇室典範に関する有識者会議に関する記事のコメントとして,昭和天皇について少し言及させて頂いた。それを書いた後,昭和天皇と先の大戦との関わりについて少しWeb上を見て歩き,どうしても気になることがあったので書いてみたい。

googleで「昭和天皇 "戦果を挙げて"」と検索すると,近衛文麿が「敗戦必至,早急に和平を」と上奏したのに対し,昭和天皇が「もう少し戦果を挙げてから有利に交渉を進めよう」と戦争継続にこだわった,そのために原爆投下や沖縄戦の悲劇が起きた,その責任は昭和天皇にある,との情報が多数発信されているのがわかる。
この情報は正しいのか?

それらの情報を発しているWebページのほとんどは,近衛公爵と昭和天皇とのやりとりを抜粋で紹介している。こちらこちらなどに,そのときのやりとりがすべて示されている。
たしかに,昭和天皇は「もう一度、戦果を挙げてからでないとなかなか話は難しいと思う。」と言われたようである。

しかし,やり取りのすべてを通読すれば,自分には要するに以下のようなやり取りにしか思えない。

近衛公爵 「敗戦は必至だが,米英は天皇制を中心とする日本の根本的な形の破壊までは考えていないようだ。心配なのは敗戦に伴い共産革命が起きることで,軍部にそれを狙う勢力がある。早急に戦争終結を図るべきだが,その前提として軍部の改革が必要である。」

昭和天皇 「軍部は,アメリカは国の形までも変えようとしていると言っているが。」

近衛公爵 「それは軍部が戦意昂揚のために国民をだましているのだが,かといってこれ以上戦争が長引くとアメリカも考えを変えるかもしれない。」

昭和天皇 「軍部の改革といっても具体的にどうするのか。」

近衛公爵 「大改革も一案だが,戦争中にあまり大きな改革を行うのが危険であれば,山下奉文大将を軍の立て直しに当たらせるのがよろしいかと。」

昭和天皇 「それには,山下大将がもう一度戦果を挙げないと難しいのでは。」

私は歴史に疎いので関連する情報の知識がないが,すくなくともこのやりとりの原文をみる限りは上のようにしか解釈できない。
つまり,
「近衛公爵の和平上奏→昭和天皇の戦争継続意志表明」
とされているのは全くの誤解で,
「近衛公爵の軍部の新指導者提案→昭和天皇の理由の立つ功績がある新指導者でないと困難との意見」
というやり取りだと思う。

このやり取りをもって昭和天皇の責任を追及しようとするのは,前後の脈絡を省略して一部の発言のみを取り上げて情報操作しようとする,常日頃マスコミなどでよく目にする手法だと思うのだが,どうだろうか。

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コメント

いつもTBありがとうございます。
早速見させていただきました。WontBeLongさまの探究心に頭が下がります。

1.まず、気になったのが、Wikipedia(昭和天皇 - Wikipediaより引用)に書かれている戦争指導の欄において「1945年1月、フィリピン陥落の後、最高戦争指導会議筋から昭和天皇へ「講和へ向けての意見具申」があった。その時に昭和天皇は「もう一度戦果を挙げてからの方がいいのではないか。」と、戦争の帰趨に関わる重大な発言をした。」とありますが、その前後関係がわからないこと。出典が不明瞭なことから論評できないこと

2.Googleにて「昭和天皇 最高戦争指導会議 戦果を挙げて」で検索してみたところ、1月と書かれているものは、検索数199のうち前50位内では、文章が同一のようであり、しかも、コメント欄や某有名掲示板、一部のWebサイトの記事でしたが、いずれも出典は記載されておらず、論評できないこと。2月と書かれているものはすべて近衛上奏文を指していたこと。

3.その「もう一度戦果を挙げてからの方がいいのではないか。」というお言葉が1945年2月14日の近衛上奏文 出典【木戸幸一関係文書】四九五~四九八頁。のものを指すのであれば、会話の前後関係が書かれているのでご趣旨を推察できること。

こういったお言葉は会話の一部であり(疑問形だから必ず相手がいる)、会話の全文を見なければ、ご趣旨は推察できません。なので、3.の1945年2月14日の近衛上奏文およびその後の御下問が、そのお言葉の出典元とすれば、WontBeLongさまの書かれたとおりの解釈が普通の流れと私も思います。


以下、近衛上奏文より私の解釈
近衛さんは、戦争をさっさと終結させて、国体を変革しようとしている軍部、政治家を一掃してくださいと上奏しています。

それに対して昭和天皇は「我が国体について、近衛の考えと異なり、軍部では米国は日本の国体変革までも考えていると観測しているようである。その点はどう思うか。」と書かれています。これは単に軍部の情報に惑わされていたとも見えます。

だから近衛さんは「軍部は国民の戦意を昂揚させる為に、強く表現しているもので…」とその情報が間違っていると答えています。

天皇陛下は理解を示され、近衛さんにやり方を聞き返しますが近衛さんもわかりません。近衛さんにもわからないことでは「難しいと思う」と天皇陛下は答えざるを得ません。

近衛さんは続けます。それには「賀陽宮は軍の立て直しには山下大将が最適任との御考えのようでございます。」と答えるが、その人事を行うにたる理由はいえませんでした。

それを受けて天皇陛下は「もう一度、戦果を挙げてからでないとなかなか話は難しいと思う。」と率直に感想を述べられました。山下大将を推すには、それなりの理由が必要だろう。だから、山下大将が何らかの戦果を上げてからでないと、その人事の理由にはならんだろう。ということかと。

近衛さんは、それを受けて「そういう戦果が挙がれば、誠に結構と思われますが、そういう時期がございましょうか。それも近い将来でなくてはならず、半年、一年先では役に立たぬでございましょう。」と答えます。人事の理由のためには山下大将の功が必要ですが、そんなものを待っていれば、いつになることやら。そんなふうに答えられたように私は思います。


つまり、近衛上奏文が出典元とすれば、「もう一度、戦果を挙げてからでないとなかなか話は難しいと思う。」というお言葉は、戦果を挙げて有利に講和を進めるつもりのものではなく、戦争終結に向けて、人事を組み替えるときの異動理由を考えたときに、山下大将の功があれば、人事異動がやりやすいと考えられてのご発言に思えます。

それにしても、WontBeLongさまのご努力には本当に頭が下がります。そして、出典を明らかにせず、1945年1月最高戦争指導会議筋ということを書いている方たちの存在に驚いています。一部のコメント欄には「ちょっと調べればわかる通説」というふうにも書かれていました。出典を示さず、断定的に書かれているその文章に脅威を覚えます。

長々と失礼いたしました。ちょっと最後に変なことを書いてしまいました。ご迷惑かもしれないので、まずいと思われれば、ご遠慮なくこのコメントを削除してください。

投稿: レッツら | 2005年12月18日 (日) 21時56分

連続コメントをお許しください。

その後も、「昭和天皇 "戦果を挙げて"」で検索して中身をつらつら見ましたが、近衛上奏文を出所としながらも、もう少し戦果を挙げてから有利に交渉を進めよう」と戦争継続にこだわった的結論の多さに驚いています。もちろん、近衛上奏文自身には「もう一度戦果を挙げてからの方がいいのではないか。」という文言はないので、その近衛上奏文に対する御下問【木戸幸一関係文書】四九五~四九八頁が出典元だと思いますが、きちっと前後関係を読めば「ん?」って思うはずです。陛下もそのまえに「人事の問題に結局なるが…」と述べられています。

結局、大多数の人たちは、出典元を見ずに、一部の人が間違って解釈した内容そのままを信じて流したように思えます。WontBeLongさまの情報を見る目に感服いたします。と書きながら、WontBeLongさまが書いてくださらなければ、その一部の人の間違った解釈を信じ、私はその大多数になったかもしれないと、ちょっと自信をなくしました(笑)。

投稿: レッツら | 2005年12月18日 (日) 22時29分

レッツら さん,
私がいい加減に調べた情報を,さらに詳細に解説していただいてありがとうございます。
1月と2月の情報があることは私は気づいていませんでした。

いえいえ,そんなに努力している訳ではありません。元々,レッツらさんのブログに,かなり少なく曖昧な知識を元にコメントしてしまったので,気になってちょっと情報を見ていたんです。
それから,仕事で他人にものを言うときは確信を持てることを言いますが,ブログは匿名だし,政治,経済などの専門家でもないし,タイトルが「Q(問い)」なので,確信を持てないことを書き殴ってます。(^^;

投稿: WontBeLong | 2005年12月19日 (月) 01時01分

レッツら さん,
また,ぱらぱら情報を見てみると,「1月と2月」の件については,「1月」は「フィリピン陥落」にかかっていると見ていいように思います。
よくは調べていませんが,米軍がルソン島に上陸したのが1月です。ただ,ルソン島にいた日本軍が完全に制圧されたのはもっと後のようです。
複数の人が「1月」を「フィリピン陥落」にかけた書き方をする可能性は低いと思われますが,「1月説」の文章が見る限りすべて「1月、」と1月の後に読点を打っていることから,レッツらさんも言われる通り同一のソースからの丸写しと思われるので,「1月説」と見える文を最初に書いた人がそのように書いたのでしょう。

投稿: WontBeLong | 2005年12月19日 (月) 01時48分

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