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2006年2月19日 (日)

「公務員批判」に対する批判は「公務員擁護」か?

前回の記事に まるる さんからいただいたコメントをきっかけに,「公務員批判」に関して少し書いてみたい。
前回の他にもこのブログにおいて,以下のような世間の公務員批判に対して批判の意を表するような記事を書いた。
公務員制度は改善されているのか?
日田市民は怒るべきではないか?

また,他の方が運営するいくつかのブログでも,そのようなコメントを書かせて頂いた。例えば, 公務員のためいきお金持ちになりたいひとへPSB public servant blogなどである。

自分の意見に対し何度か反論を頂いたが,自分が公務員を擁護しているかのように捉えた反論も多かった。公務員批判を批判するからといって,現在の公務員を全面的に擁護しているわけではない。批判の内容を批判しているのである。

公務員批判の多くは概ね以下のようなものである。
1.給料が高すぎる。
2.税金で雇われているのだから市民にもっと献身的に奉仕するべき。
3.数が多すぎるので人件費削減のためにも減らすべき。
4.税金を大量にムダ遣いしており,そのために国の借金が膨らんでいる。
5.公務員は甘えがあり熱心に働いていない。

1に関して。
民間会社の給料が平均的に大都市は高くて地方は低いことに合わせて,国家公務員の給料も大都市と地方でこれまで以上に差をつけられようとしている。霞ヶ関勤務者は地方勤務者より2割ほど高い給料をもらえるような仕組みである。
これを地方の国民が歓迎するということは,自分たちの給料に大都市と格差があることを是認するということである。また,中央官僚に何ら痛みを強いるものではない。
民間の人間は,公務員の給料を下げることを要求するよりも,自分の給料を上げる要求をした方が得策であろう。「不景気だから」,「世の中厳しいから」などとあきらめてしまっているのではないか。これは「正しい現状認識に基づく適切な対応」のように見えるが,「厳しい厳しいというばかりで現状打破の努力をしない甘えまたは逃げ」ともいえるのではないだろうか。

2に関して。
末端公務員は単なる労働者である。民間勤務者と異なるのは「全体の奉仕者」であることである。「全体の奉仕者」とは,「市民のいいなりになる下僕」という意味ではない。「相手によって分け隔て無くサービスをする者」という意味である。民間であれば,自社の利益を最大にするために客を選ぶ必要や権利がある。例えば,客になりそうな人にDMを送ったりする。頑固なソバ屋のオヤジが「お代はいらねぇから帰れ,二度とくるんじゃねぇ。」ということもできる。公務員はそのようなことはできない。
ただし,どんなわがままも聞かなくてはいけないかというとそうではない。ひとりのわがままの相手をすることにより,他の市民に迷惑が掛かる場合は毅然と拒否しなければならない。わがままをいう人を優遇することになるので,「分け隔て」していることになるからである。したがって,公務員はルールに厳格であって然るべきである。よく,「ちょっと受付時間を過ぎたからといって対応しないのはおかしい」という類の意見を聞くが,急いでいてもルールを守って時間を過ぎたら役所にいかない真面目な人が損をすることになるので,「全体の奉仕者」としては正しい対応である。民間であれば,目の前のひとりの客を逃すのはもったいないと対応するのは勝手である。

3に関して。
人員削減は末端公務員を中心に行われる。しかし,一般市民に直接対応したり,業務の最前線で実務をこなしているのは末端公務員である。その数を減らすとサービスの低下や末端公務員の激務化が懸念される。末端公務員を減らすより,給料は高いがめくら判を押すだけのような管理職などの給料を減らしたりポストを減らす方が必要ではないか。

4に関して。
「ムダ遣い」というが,私的に着服したりドブに捨てているわけではない。あくまで所得の再分配を行っているのである。その方法を適切にする必要はあるが,単に再分配量を減らしてしまうと中低所得者層にまわるカネが減ってしまうことがわかっているのだろうか。以前,テレビコマーシャルで,ある男性が自分が依頼した電気製品か何かの修理が遅いとメーカーにクレームを付けていると,その男性の携帯へ取引先から納品の催促の電話があり,結局その男性の会社の納品の遅れが修理の遅れの原因であったというようなものがあった。このように,カネの流れはつながっているのである。
公共事業に過度に依存する構造は改善する必要はあろう。しかし,拙速に公共事業を減らすのではなく,景気に過度に悪影響が出ないように慎重に行う必要があると考える。
また,基本的に公務員は政策を実行に移すのが仕事である。そして,政策を決めているのは一般市民が選挙で選んだ政治家である。選挙で一票を投じるときに,自分自身の目先の利益や単なる付き合いなどではなく,その一票が政策決定につながることをしっかり認識して投票し,選ばれた政治家の決定した政策に対して,自分自身にも責任があることを自覚する必要があろう。

5に関して。
これは自分自身も感じることは多く,批判的な意識は持っており,擁護する気はない。しかし,行き過ぎない範囲の労働組合活動や,認められた休暇を取ることや,サービス残業をしないことなどは,当然認めるべき権利であり,勤務時間中の勤務態度とは別問題である。

自分も公務員に対する批判意識は持っている。その最大のものは縦割り行政である。そのような大きな運営方針を決定しているのは高級官僚であり,彼らが省益最優先の考え方より国益優先の考え方を取ることが必要であろう。末端公務員に,縦割りの壁を破る権限はないはずである。
ただ,高級官僚が考え方を変えるといっても,ある程度はシステムの枠があるので限界があろう。
そして,システムを決定するのは政治である。政治家が,国会答弁まで官僚任せにするようなことなく,自身の責任で適切なシステムを作る必要がある。

自分は,公務員に対し不満を持つことがおかしいと言っているわけではない。末端公務員ばかりを批判し,自分たちを引き上げるのではなく公務員を引き下げるような要求をするのはおかしいと思っているのである。
一般市民が,末端公務員のバッシングをして,それに呼応した政策を歓迎していると,真に責任ある者達を利することになり,一般市民にも害が及ぶのではないだろうか。

つまり,末端公務員にも批判されるべき点はあるが,一般市民がそればかりに目を取られることなく最も厳しく批判するべき者は,適切なシステムを作ることのできない政治家であり,それをいいことに保身に走る一部の高級官僚や社会を食い物にする一部の有力者であり,政治家を選ぶ選挙民であると思うのだが,どうだろうか。

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コメント

TBありがとうございました。
WontBeLongさんのように公務員当事者ではない方の意見は説得力あるものと思います。このようなご意見を踏まえながら今後も、当事者としての発信を自分のブログを通して続けていきますので、よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2006年2月19日 (日) 22時36分

こんにちは。ご意見が伺えて勉強になります。批判に対する批判は擁護ではありませんね。批判の状態がおかしい(他に批判すべき・行き過ぎ等)で、少し論点が違ったかもしれないですね。

1については、多分「時代・能力に応じた」評価がされていない、責任を取らないで済むことが問題なのかもしれませんね。具体的な算定を私が決めることはしませんが。ちなみに小泉首相や霞ヶ関の皆さんは「給料が安くてかわいそう」という声を周りでは聞きますね。

2、こればかりは主観もありますのでどうしようもありませんね。ただ民間のサービスが良くなってきている分、身なり・対応等の気の利かせ方を導入したりすることで、公務員・市民双方に良い効果以外にありえないと思っています。これも仕事内容に応じて多くの対応・効率化を見直していくことを役所には期待したいです。郵政民営化もB層が騙されたという意見もありますが、JRのようなサービスの向上への期待も高かったでしょう。基本的に市民は変化は求めないと思うんですよね。

3、強く同意します。スタンプラリーの時代ではありません。そして基本的にクビがないですよね。さりげない退職勧告なども強制力はないでしょうしね。

4、やはり「箱もの」は人気ですね。もちろん公務員の方の給料も酒場や教育に回りますから。でも、税金・保険料なども低所得の方には高い金額ですので、最初から取られなければ、それはそれで皆の手取りは増えますから、良いかもしれません。最初にとられすぎると「小さい政府にしてほしい」「完全消費税を」の声も出てきているようです。(私は経済は疎いので、効果はわかりかねます)税金を誇らしい義務と感じられればいいのですが。

5も、確かに「公務員は」のひとくくりはいけないと思いますね。奴隷になれとは誰も思いませんよ。

思うに「理屈は美しく、簡単。しかし財布の残りを見ないといけない」と思いますね。もちろん、欲を言えばキリがありませんし、私一人の具体的な意見も刻々と(いろいろ読むうちに)変わりますので具体的なことは申せません。

なお、市民にもっとも身近なのはやはり地方の公務員なんですよね。市民には一番見えてしまうので矢面でしょうね。でも、末端から変わっていくこともあってもいいのにと思います。

でも、だれでも自分のこと、身近なことしか近視眼的に考えることはできないものだし、やはり財政再建団体に転落するまでは変わらないだろうと思います。国力も削がれていくと思います。子どももかわいそうです。でも、今もし頑張らなくてはメシも携帯も入手できない状態なら皆頑張るのかもしれません。ある意味、今はとても幸せな時代なんですよね。将来、日本はパイが減らされたあとに「頑張らないといけない時代」が来るのだと思います。スラム街や出稼ぎも増えるでしょうね。

公務員批判の目的って何でしょうか。大事なものから目がそらされているというのもあるかもしれません。でも、民間では人件費削減というのが赤字のときは当然なので、「国赤字→人件費減」という思考にはなるかもしれませんね。もちろん、民間でも「仕事しない上司・同僚」への批判は多々ありますしね。批判をやめて自分の仕事に専念していればいいというのもあるでしょう。しかし、同じ会社なら怠け者の負担が他にかかり、公務員は「みんなの税金」が財源ですので、そういう思考にもなるんでしょうね。

議論の目的は「日本をよくするには」?「この現象についてのご意見募集」?ちょっと論点ずらしていれば申し訳なく思います。

難しいですよね。いろいろな考え方があるので、違う意見を聞くこともとても参考になります。知らないのと、知った上で違う意見を持つのは違いますしね。ありがとうございます。

投稿: まるる | 2006年2月20日 (月) 18時56分

TBありがとうございます。
公務員批判大いにして頂いて結構と思っていますが、それに対しひとつひとつ説明していきたいと考えています。WontBeLongさんのように論理立ててやるのは苦手ですけど。
そのうち私のブログで国家(地方)公務員法第78(28)条について書く予定です。

投稿: o4m | 2006年2月20日 (月) 22時35分

OTSU さん,
こちらこそよろしくお願いします。
ところで,この記事中で,公務員全体の働きぶりに不満を持っていると取られかねない書き方をしてしまいましたが,決してそうではありません。一部にはそういうことも見られるということです。

投稿: WontBeLong | 2006年2月20日 (月) 22時47分

まるる さん,
ていねいなコメントありがとうございます。ご意見,今後の参考にさせていただきたいと思います。

ただ,2点だけ,ちょっと引っかかった点について書かせて頂きます。

> でも、税金・保険料なども低所得の方には高い金額ですので、最初から取られなければ、それはそれで皆の手取りは増えますから、良いかもしれません。

私も正確な評価をできるわけではありませんが,国や自治体がかなり大幅に支出を削減してそのぶん減税したとしても,低所得層にとっては減税額より所得減少の方が大きくなる可能性が大きいと思います。

それから,公務員の「末端」とは国家公務員に対する地方公務員という意味ではなく,国家でも地方でも,最前線で働く低いポストの公務員という意味です。

それほど「論点」を明確にすることは意識せずに思いつくまま書いてます。ですから,思ったままの意見を頂きたいと思います。賛成意見も心強いですが,違う意見はとても参考になり,ありがたいです。タイトルに「Q&Q」としているとおり,自分では確たる答えの出せないことを書いていますので。

投稿: WontBeLong | 2006年2月20日 (月) 22時48分

o4m さん,
いえいえ,他のブログを拝見してると,いかに自分の文章が支離滅裂かわかります。でも,書いてるといい練習になります。

公務員の方のブログはとても興味深いです。また拝見します。

投稿: WontBeLong | 2006年2月20日 (月) 23時03分

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