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2006年3月28日 (火)

「国家の品格」は「負け組」への鎮魂歌か?

藤原正彦氏著「国家の品格」が売れている。

テレビで,「自由競争を否定するような内容が,『負け組』に受けているのではないか」というような論調を聞いた。果たしてそうだろうか?

藤原氏は,「国民は永遠に成熟しない」と述べている。また,それへの対応として「真のエリート」が必要と述べている。
自分は,自発的に「品格」を持つべきは「エリート」であり,その他の国民は導かれて「品格」を持つという「国家」を藤原氏は志向していると考える。
極めて高い能力を持つ少数の「エリート」,「卑怯」な手段を用いれば富も存分に手に入れることのできる者たちが,「品格ある」指導者となることで,安定した,美しい「国家」が実現できるし,かつては日本はそのような「国家」であったと藤原氏は述べていると考える。

この本が売れているのは,日本人の多くが,その心の奥底に染み付いている「品格」に,現在の日本の状況を「恥じる」べき,または「道を誤っている」と思い起こさせられるからではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2006年3月25日 (土)

「ホテル・ルワンダ」を見て...愛国心とは?

映画「ホテル・ルワンダ」を見た。

ルワンダという国の「フツ族」と「ツチ族」の争い,彼我の違いはほとんどない。言葉も宗教も同じだそうである。それが歴史の流れの中でいがみ合うようになり,おびただしい血が流されるようになる。理性ある一部の個人たちは互いに愛し合えるのに,民族同士の諍いは収まらない。

自分は,世間では賛否両論だが,日本人はもっと愛国心を持つべきだと思っている。それは,社会に貢献しようとする気持ちを育て,皆がお互いを思いやり,国を安定させ,引いては他国民を理解し,尊重することにつながると思うからである。

しかし,自身の属する組織や集団を愛する気持ちが,自身が最終的に属するものは世界(あるいは宇宙か)であることを見失い,ある段階,国や民族,場合によってはもっと小さい集団で留まって先鋭化してゆけば,極めて危険なものとなり得るということを「ホテル・ルワンダ」でまざまざと見せつけられた。それと同時に,それでも人間はそれを乗り越える力を持ち得るという希望も与えられた。

愛国心や民族愛の先にあるものは,平和な世界か,争いの絶えない世界か,それらを分けるものは何なのだろうか?

[記事作成後にTBさせて頂いたブログ]
小泉内閣の支持率が一桁台になるまで 「愛国心明記の教育基本法の是非
帝國愁報 「第59号 「愛国心」を強要する愚かしさ
華氏451度 『「国家」に恩はない
愚樵空論 「[戯言]天命・宿命・運命の三命から愛国心を考える

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2006年3月23日 (木)

「政府資産112兆圧縮」案には意味があるのか?

自民党のプロジェクトチームが,5年程度で政府資産を112兆円圧縮し,それにより同程度の国債残高を減少することを目指すとの報告を出したそうである。
このような簡単に述べた共同通信の記事などを見れば,「112兆も減るのか,それは良いことだ」と思われるかもしれないが,もう少し詳しく述べた産経新聞の記事西日本新聞の記事を見れば,要するにこういうことのようである。(グラフをクリックすると拡大)

sisan  基本的にすべてが「絵に描いた餅」,中でも市場化テストによる分の10兆円は現実味が薄く,金融資産の売却や国債との交換による分の100兆円などに至っては,実現困難であるばかりでなく,実現したとしても,国の投資家に対する債務を地方に対する債権で返済して,「後は地方で勝手にやれ」と突き放すだけであり,経済は,より不安定になるのではないだろうか。

身勝手かつ「まやかし」の100兆,「絵に描いた餅」の10兆,少しは期待できるが,そのための膨大な事務作業に多額の人件費を要するであろう2.1兆という,読売新聞によると自民党内部からも出ている「単なる受け狙い」との批判が当たっているのではないかと思うのだが,どうだろうか。

[記事作成後にTBさせて頂いたブログ]
小泉内閣の支持率が一桁台になるまで 「政府資産圧縮はどれだけできるんだろう
小泉内閣の支持率が一桁台になるまで 「外資による地方自治体のっとり可能?

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アメリカの「相棒」であることは日本の真の国益に適うのか?

ブッシュ大統領が小泉首相を「最良の相棒の一人」と評したそうである。

以下,具体例を思い出せないので漠然とした話になるが,ご容赦願いたい。

20年くらい前まで,アメリカの日本に対する態度を見て,「何をそんなに警戒しているんだろう。」と感じていた。何か,日本に対してアメリカに歯向かわないよう常にプレッシャーをかける必要を感じているように見えていた。([3/24追記] 急いで書いたのでかなり言葉足らずであった。プレッシャーをかけつつも,あまり機嫌を損ねないように気を遣っているように見え,自分にとってはそれがやや違和感を感じるほどのものであったというのが,より実感に近い。)
その少し後,詳細は忘れたがアメリカの大統領が何かに関する事案について,日本の首相との会談より中国の首脳との会談を優先させてニュースになったとき,アメリカが日本に対する警戒を解いたように感じた。([3/24追記] 「警戒を解いた」というのは後記のことを感じた後に思ったことであり,そのときは,「日本を軽んじるようになった」と感じた。)
そのときに,「ああ,アメリカはこれまで,日本がいつまたアメリカに対して牙を向けるやも知れぬと思っていたんだな」と思った。それほどまでに,第二次大戦において日本に苦しめられたことがトラウマになっていたのだなと感じた。
同時に,自分は,日本が大国アメリカをそれほどまでに警戒させた国であること(戦争をしたことではなく確固とした信念に基づき行動できること)に誇りを感じるとともに,そうではなくなったことを非常に残念に思った。

何かをきっかけに,アメリカは日本が牙を向ける可能性はほぼゼロになったと判断したのではないかと思っている。
そして,それは今のところ真実であろう。しかし,そこまでアメリカに追従することは一部の政治家や資産家を利することはあれ,真の国益に適うことではないのではと思うのだが,どうだろうか。

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2006年3月19日 (日)

民間労働者は公務員賃下げが損か得かを冷静に考えているか?

ブログ「公務員のためいき」で,民間労組の幹部の方が,民間賃下げ→公務員賃下げ→民間賃下げの悪循環になっていると言われているとの記事があった。

やや驕った言い方になってしまうが,こんなことは始めからわかり切っていたことだと思う。
これまでに,自分はこれを予測する内容をネットのあちらこちらで書いてみたが,賛同されることは少なかった。(現実世界では結構賛同されたが,本音か社交辞令かはわからない。)
しかし,公務員賃下げを歓迎する民間労働者の人たちも,少し冷静に考えればわかるはずのことではないだろうか。
わからないのは,「公務員憎し」の感情が強すぎてそこまで思考が及ばないのであろう。
そして,そこまで公務員バッシングの感情が強まるのは,自発的なものではなく,何者かに煽られているのではないか。
格差を広げる「構造改革」を進めたい者たち,および何かしらの改革を行ったように見せかけたい者たちによる,弱者の不満のはけ口とするための,「マッチポンプ」のように見える。
つまり,公務員賃金が,比較の方法によっては民間よりも見えることを,さも重大な問題のように騒ぎ立て,それに対応するとして公務員賃金を下げることで,民間賃金を下げる効果と,「改革」の実績を上げたように見せかける効果が得られ,一石二鳥である。

日本人は,周囲の意見に逆らうことが苦手である。人と同じことを言っていれば,「まとも」な人間と見られると思うようである。公務員をバッシングする人たちは,それにより本当に得をする一部の人を除けば,単に周りに流されているだけではないだろうか。

公務員をバッシングする民間労働者の人たちは,一度,一歩退いた少し広い視点から世の中を見て,自身がより幸福な生活を送れるために本当に必要なことは何かをよく考えてみるべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

ちなみに,これまでにこのブログで公務員に関して書いた記事を,自分の覚え書きを兼ねて書いておく。
公務員制度は改善されているのか?
日田市民は怒るべきではないか?
納税者は公務員の「お客様」か?
「公務員批判」に対する批判は「公務員擁護」か?
納税者は公務員の「お客様」か?(その2)
行政改革法案で刑務官を削減対象としないのは組合つぶしか?
国家公務員の「休息時間」廃止は民間労働者にとって朗報か?

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2006年3月11日 (土)

「皇室典範に関する有識者会議」のメンバーはやはり「有識者」だったのか?(その2)

以前に,「皇室典範に関する有識者会議」の座長である吉川弘之氏は,ジェンダーフリー論の「有識者」のようだという記事を書いた。
同会議のメンバーである岩男寿美子氏も「国連特別総会『女性2000年会議』」なるものの主席代表を務めたジェンダーフリー論者のようである。
しかも,産経新聞によると,寛仁親王殿下について,殿下は側室制度を提案したわけではないにも関わらず,「側室制度を提案してきて,その時代錯誤の考えには驚くしかない」と批判したそうである。
批判の原文を見ていないので岩男氏が実際はどのように述べたか不明だが,産経新聞の報道の通りだとすると,殿下の発言を歪め,例え側室制度を提案されたとしても,それに対し「時代錯誤」という侮辱的な批判をしたことになる。

ジェンダーフリーの有識者,しかも皇族を蔑むような言動を取る人物は,皇室典範の改正について公平に議論する立場には相応しくないのではと思うのだが,どうだろうか。

さらに同報道によると,議論が拙速との批判に対し,すでに政府により非公式に行われた検討結果をベースにしており,半ば結論は出ていたと反論しているそうだが,これは却って有識者会議の存在意義を問われかねない問題発言であろう。

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日本人は空襲による大虐殺の悲劇を忘れてしまったのか?

3月10日は,約10万人が死亡したとされる東京大空襲から61年目だそうである。

明らかに民間人を標的にした,しかも,まず周囲を爆撃して逃げ道をなくしてから焼き尽くすという,非人道的極まりない行為である。
自分は,母から焼夷弾の降る中を逃げまどう経験を何度も聞かされている。
しかし,日本人のほとんど,特に若い人たちは米軍による空襲など知らないか,忘れているか,遠い世界のことのように思っているであろう。

真偽も明らかでない,日本軍による南京虐殺は日中両国においていつまでも問題にされている。
しかし,南京虐殺を事実ではないという論調はあるが,「事実だが正当だ」という論調は自分は聞いたことがない。つまり,真偽は別にして,そのような民間人を虐殺する行為は正当ではないと日本人のほとんどが認識しているということである。
このように,「民間人を標的とした攻撃」という「罪」を憎むことができる気持ちを,日本人は自然に持つことができる。しかし,米軍による空襲という行為をなぜか日本人はあまり意識しない。

「罪を憎んで人を憎まず」という。今さら,韓国や中国が日本に対してするように,アメリカに対して恨み言を言うべきだとは思わない。
しかし,我々の父母や先祖が高い道徳心を持ちつつ非常な苦難を乗り越え,今の社会を築いてくれたことを忘れてはならないと思う。

「人は憎まぬが罪は憎む」ような日本人であり続けるべきであり,また,このような日本人であることを誇りに思うべきだと考えるのだが,どうだろうか。

[関連して拝読したブログ記事]
依存症の独り言「東京大空襲の悲惨を忘れてはならない」

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2006年3月 8日 (水)

国家公務員の「休息時間」廃止は民間労働者にとって朗報か?

国家公務員の「休息時間」を廃止するとのニュースがあった。「休息時間」とは,勤務時間4時間につき設けられる15分間の有給で休める時間とのことである。
現在,8時間に30分の無休の「休憩時間」と2回の休息時間を合わせて1時間としてそれを昼休みにすることで,実働7時間30分,総拘束時間8時間30分としているのを,「休息時間」を廃止して実働8時間,総拘束時間9時間とするのを基本とするようである。

確かに,労働基準法では「休憩時間」の定めはあるが「休息時間」の定めはない。また,1週間に40時間を超える労働,つまり1日8時間を超えて労働させることを禁止している。
しかし,労働基準法は,あくまで「最低基準」であって,これより良い労働条件を設けることを禁ずるものではなく,また「最低」である以上,「平均」はこれを上回って然るべきである。

「働き過ぎ」と言われる日本では,労働条件は改善の方向へ向かうべきである。然るに公務員が率先して労働条件を悪化させるのは,民間労働者にとって得にはならないはずである。
上のリンク先の記事によると,民間企業で休息時間を設けているのは5.7%とのことである。推測するに,これらの企業は公務員の制度を見倣ったのではないだろうか。
このような企業は増えて行くべきであるのに,この5.7%ですら公務員に倣って減少するかも知れない。

このような公務員の労働条件悪化の背景には,労働者を含む民間人の「公務員バッシング」が大きく影響していることは想像に難くない。

しかも,ブログ「権利のための闘争」の管理者の方のような霞ヶ関勤務の官僚の人たちにとっては実質的に影響はないようである。つまり,見ようによっては「公務員バッシング」に対して公務員自身が全員で身を削って応えたように見せかけて,実は中央官僚には影響しないように末端公務員のみにしわ寄せしているように見える。

このようなニュースを見て,民間労働者が肯定的な感想を持つことは,自らの首を絞めることに他ならないのではないかと思うのだが,どうだろうか。

[関連して拝読したプログ記事]
お金持ちになりたいひとへ「ひさびさに公務員ねたで・・・」

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2006年3月 7日 (火)

小坂文科相は「こけた時は..」発言を「心から」詫びているか?

小坂憲次文科相が,トリノオリンピック金メダリスト荒川静香さんが訪問された際に,スルツカヤ選手が「こけた時は喜びましたね」と発言したことに対する謝罪文を公表している。

その中で,
「心からお詫び申し上げます。」と書いた後に,
「他にも選手団を慰労し健闘を称える発言もしていた事をご理解賜れば幸いです。」
と書かれている。

この発言は,いかに選手を称える発言を多くしても「こけた時は...」と言えばすべて台無しとなるように,それまでの謝罪の内容をすべて台無しにしてしまうものである。「心から」の言葉が本心ではないことが,つまり他の発言で罪は軽くなると考えていることが明らかになってしまうものである。

このような,「頭を下げるべきときには,きちっと下げる」ことをしない人物は,教育の責任者として相応しくないのではと思うのだが,どうだろうか。

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2006年3月 4日 (土)

堀江氏送金指示メールは電通による捏造か?

自ら,「野党は手を緩めず設計偽装事件を追及しきれるか?(その4)」という記事を書いておきながら,マンション耐震強度偽装問題から目が離れ,ここのところ送金指示メールにずいぶん気を取られていた。
みやっちさんのブログや,そこからリンクされているカルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記というブログの記事などを拝見して,少し目を醒まされた思いがした。
これらの記事では,マスコミが「四点セット」を差し置いて送金指示メールばかりを取り上げるのは,電通による情報操作ではないかとされている。
これらを拝見して,自分は,そもそも送金指示メールの存在自体が電通による謀略である可能性を感じた。
自分は,あのメールをその内容から見てかなり信憑性が高いと感じたが,電通の謀略によるものであれば自分程度の人間が騙されるのは当然なのかも知れない。
わずか数分の空白の時間に送信された,本人の常用するシグネチャのないメールという,見た者の真贋の判断を確実に分かれさせる証拠品は,確かに出来すぎと言えば言えなくもない。

あのメールがもし偽物であるとしたら,今でもかなりの確度で本物だと思っている自分としては,一介のフリージャーナリストによる捏造などではなく,電通の陰謀だと思いたいのだが,どうだろうか。

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2006年3月 2日 (木)

[番外]堀江氏送金指示メールを偽りとした民主党に絶望

uestionではなく確信しているので番外です。
これまで,民主党を責めることに意味はなく,真実を求めることが必要だと思っていましたので民主党批判はしませんでしたが,もう民主党はやる気がないので批判します。

民主党が党としてホリエモンメールをニセモノとして,永田議員本人もそれに従いましたね。大の大人が,しかも国会議員が,一昨日までニセモノと思っていなかったのに急に考えを変えるわけがないでしょう。

政権奪取まで目指そうという野党第一党の党首が,個人の銀行口座を公権力で調べ上げよとまで言うからには,それなりの自信があったはずでしょう。

私は,民主党の,この「スマートさ」が好きではありません。今回の件について,「どこがスマートだ?」と言う方も多いでしょうが,私は「スマート」であろうとした結果だと思います。
具体的な確証を得られない以上,素直に負けと認め,負けたからには相手の言い分を真とする,ということであり,いつまでも未練がましいことは言わないということでしょう。「実はニセモノと思っているのにそれを認めない」と思われるのが嫌なのでしょう。

私は民主党支持者でもないですし,永田議員を応援しているわけでもありません。ただ,多額の税金を使って仕事をして,大人が一度正しいと信じたことを,偽りだという確証があるならそれを認めて当然ですが,内心は偽りだと信じているわけではないのに偽りだったと公言することが納得できません。

政争に勝つために本心ではないことを言い張るのは良くないと思いますが,例え誰に何と言われようと正しいと信じることは力ずくでも押し通そうとする「野暮ったさ」を持たないと,民主党が政権を取れる日は,永遠に来ないかも知れない日本国民が隅々まで洗練される日まで来ないと思います。

また,何ら反証を示されていないのに自ら偽りと認めたのは,その程度の根拠で国政調査権による調査まで求めたとして決定的に責められるべきことであるのに,自民側がそれをしないというのは,「後ろめたさ」によるもの以外の何物でもないと思います。

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行政改革法案で刑務官を削減対象としないのは組合つぶしか?

これはあまりにも穿った見方かも知れないが,ニュースを聞いたときに直感的に心に浮かんだので書いてみる。

政府は,行政改革法案の原案において,5年間で公務員の5%削減を盛り込むが刑務官は対象から除外する方針との報道がなされた。

看守等の仕事は「公権力の行使」であり民営化等にはなじまないというような理由のようである。
何でも民営化,何でもアメリカに倣えの小泉政権が,アメリカでは軍隊さえ民営化が進んでいるのに,なぜこの理屈だけは受け入れるのか。

刑務官は,警察官などとともに労働三権が認められていない,つまり労働組合を作れない。

大臣が刑務官だけは擁護し,政府もそれを受け入れるのは,労働組合に圧力をかけ弱体化させるための出来試合にも見えてしまうのだが,どうだろうか。

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