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2006年5月 1日 (月)

「機会の平等」の下での競争は社会の発展に有用か?

安部晋三氏などが「機会の平等」を強調している。
「機会の平等」の下での競争は,果たして公正な競争だろうか?

柔道やボクシングなど格闘技の多くでは,体重別にクラス分けして競技が行われる。
ゴルフ,ボウリングや将棋などにも,対戦者の実力差に応じて「ハンディキャップ」が導入される。
これらは,機会を不平等にして,結果の分布範囲を狭めるためのものである。

なぜこのようなことが行われるのか。それは,より多くの人が熱意や向上心を持って競技や対戦に取り組むためだろう。

「結果の平等」のために,小学校の運動会でみんなで手をつないでゴールするのでは,熱意も向上心も培われないだろう。かといって,「機会の平等」のために全学年混合で競争すれば,低学年児はやはり熱意も向上心も湧かないだろう。
このような小学校の例で言えば,5年生の足の速い児童が6年生に挑む機会を与えるのは良いことだろう。しかし,6年生の足の遅い児童が,低学年児童に勝つことで常に上位にランクされ,低学年児童の大部分が常に下位にランクされるのは,活気ある運動会とするためには良いことではないだろう。

良い政治とは,国民ひとりひとりの能力を十分に引き出すものであるべきである。

そのためには,実力の伯仲した者同士が整然としたルールの下で競い合う場を提供して,社会を活気あるものに保つことが必要ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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コメント

こんにちは。

すごく正しいご意見で、
私は何も言うことがないという感じです。

小沢さんが、「出世競争をしたい人もいれば、
出世はいいから終身雇用、年功序列で良いという人もいる、
それに合わせるように制度を作らなければいけない」と
いう感じのことを言っていたのに、近いと感じました。

投稿: hikasu | 2006年5月 2日 (火) 15時16分

hikasu さん,
小沢さんのその意見,もっともですね。
小泉流の行き着く先は,出世競争に勝ち残った一部の人たちが民間警備会社に守られた豪邸に住み,周りを荒んだ社会が取り囲むという国のような気がします。

投稿: WontBeLong | 2006年5月 3日 (水) 02時50分

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