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2006年6月15日 (木)

労働環境だけ「日本的」が良いとするのか?

厚生労働省が,労働政策審議会の分科会で,残業代の割増率を引き上げる一方で,一定以上の収入の人は労働時間の規制から外して残業代をなくす仕組みなどを提案したという朝日新聞の報道があった。

「一定以上の収入」について具体的な基準は示されていないが,日本経団連が昨年,年収が400万円以上の従業員を労働時間規制の対象外にするよう提案したとの内容も同時に伝えられている。これが参考にされて同様の数字が提案される可能性は高いと言えよう。

「残業代が増える」といえば聞こえはいいが,上記の通り実現すれば,「400万以上欲しければ残業は無制限」または,「残業代が欲しければ400万以上はやらない」ということになる。

「夢のため」や「人を喜ばせるため」などのような耳当たりのいい言葉を動機として「死にものぐるいで働く」というようなことが美徳とされるような風潮がある日本では,上記のような仕組みは,一面では国民のメンタリティーに合った仕組みとも言えるかも知れない。
しかし,それを上手く利用して社会格差を固定しようとする企みが透けて見える思いがする。
都合に合わせて,「グローバルスタンダード」と「ジャパニーズスタンダード」を使い分けているだけではないか。

自分は,ほとんどのことに関して「日本らしさ」は大切にするべきだと思うが,労働環境に関しては,現代のグローバルスタンダードに合わせて,もっと合理的なものにするべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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コメント

お上では、「自立的労働制」をもくろんでいるようです。
この 「自立的労働制」 とは、 「時間管理を受けず、より一層の能力発揮を望む労働者」 には、残業規定から外すという制度で、これによって、時間に束縛されず、好きなだけ仕事が継続できると言うものです。当然、給与体系は、完全な成果配分となります。つまり、成果が出た分しか給与は払わないというのです。
お上らは、 「漫然と働く人に残業代が支払われるのは不公平」「成果で評価することが職場の士気を高める」 という経営者側の声を背景に、政府の「努力した者が報われる社会」 を推し進めているようです。(論談より)

投稿: masasan | 2006年6月16日 (金) 08時55分

masasan さん,
なるほど,人は余っているから,経営者はきめ細かな管理は行わず,労働者の勝手な競争に任せようとしているのでしょうか。
「努力した者が報われる」イコール「非人間的な長時間労働をしてでも,あるいは卑怯な手を使ってでも成果を出した者勝ち」ということのように思われます。
また,「士気を高める」イコール「労働者が活き活きと働く」ではなく,「目をつり上げて働く」のように思われます。
「勝ち負け」が多少の報酬差となるのならまだいいのですが,「職の有る無し」まで差が広がるのでは,上のようなシステムは良くないのではと思いますね。

投稿: WontBeLong | 2006年6月18日 (日) 09時21分

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