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2006年6月 6日 (火)

天皇陛下は愛国心教育に関するお言葉にどのような意味を込められたのか?

天皇皇后両陛下がシンガポール・タイご訪問に先立ち,記者会見を開かれた。
その場で天皇陛下が,
「愛国心を促す方向で日本の教育基本法の改正が進められているが近隣諸国では,戦前の国家主義的な教育への転換になるのではと恐れられてるが共鳴されるか?」
との問いに,
「内容について述べることは控えたい」
とされながらも,
「戦前のような状況になるのではないかということですが,戦前と今日の状況では大きく異なっている面があります。その原因については歴史家にゆだねられるべきことで,私が言うことは控えますが,事実としては,昭和5年から11年,1930年から36年の6年間に,要人に対する襲撃が相次ぎ,そのために内閣総理大臣あるいはその経験者4人が亡くなり,さらに内閣総理大臣1人がかろうじて襲撃から助かるという異常な事態が起こりました。帝国議会はその後も続きましたが,政党内閣はこの時期に終わりを告げました。そのような状況下では,議員や国民が自由に発言することは非常に難しかったと思います。 先の大戦に先立ち,このような時代のあったことを多くの日本人が心にとどめ,そのようなことが二度と起こらないよう日本の今後の道を進めていくことを信じています。」
と述べられている。

このお言葉は,「愛国心を教育することは良いことだが,民主的な政治が前提となる」という意味に自分には取れる。
これは,「品格」を失いつつある国民と,翼賛体制的な政治を志向しているように見える政府の両方への警鐘ではないかと考えるのだが,どうだろうか。

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