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2006年7月20日 (木)

昭和天皇を政治に参加させるのか?

昭和天皇が靖国神社へのA級戦犯合祀に不快感を抱いていたことを示す,元宮内庁長官のメモがあったとのニュースが大きく取り上げられている。

メモの真偽さえも明らかではない(しかも手帳に貼り付けてあったという不自然な形である)が,それにも増してこの時期にこのようなものが突然公にされたことに,何者かの何かしらの意図が働いているのは明らかではないだろうか。

このことが影響して分祀がなされたとしても,天皇陛下は参拝されないであろう。それはA級戦犯とされた人たちの合祀を否定するという意志を明らかにすることだからである。
天皇陛下は参拝を望まれているだろうと思うが,今回のことでさらに参拝が難しくなるだろう。
皇室に仕えた方達がそのようなことを望むはずはないと思う。

今回のことは,誰が企んだのかは知らないが,昭和天皇と今上陛下を政治の場へ引きずり出そうとすることであり,皇室を冒涜する行為であり,これを取り上げて騒ぐマスコミなども同罪ではないかと考えるのだが,どうだろうか。

[記事を書いた後にTBさせて頂いたブログ]
お玉おばさんでもわかる政治のお話「昭和天皇はA級戦犯の合祀に不快感を示されていた」
語り合おう「靖国分祀について」
みやっちBlog「元宮内庁長官メモ見つかる」

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2006年7月17日 (月)

日本人は日本人らしいスポーツマンシップを堅持するべきはないか?

サッカーW杯決勝でのジダン選手の頭突きについて,サッカーの試合で汚い言葉で罵るのは当たり前であるとして,それにカッとなってしまったジダン選手を責める論調がある。
暴力は許されるべきでないのは当然だが,汚い言葉を浴びせて挑発して,軽く頭突きされただけで大げさにひっくり返って見せるマテラッツィ選手の方が,よほど子供じみているように自分には見える。

スポーツは厳しい勝負の世界であって,あらゆる手を尽くして勝つべきであり,日本人は甘い,などという論調があるが,果たしてそうであろうか。

ロサンゼルスオリンピックの柔道決勝で,山下選手と戦ったエジプトのラシュワン選手は,傷めている山下選手の右足をあえて攻めることはしないで敗れた。ムスリムの誇りを持ってそのような戦い方をしたと本人は語ったそうである。
また,テニスには「コードバイオレーション」という反則があり,独り言であっても暴言を吐いたり,地面に対してでもラケットを投げつけたりすると罰則を受ける。サッカー選手のようにコートに唾を吐く選手などいるはずもない。

サッカーW杯は戦争と言われる。ある意味,スポーツの中ではやや特殊な世界ではないだろうか。
それをスポーツ,さらには人としての行いのグローバルスタンダードであるかのように言い,それに馴染みにくい日本人全体のメンタリティを,「甘い」などという陳腐な批判の言葉を以て,それに合わせるべきであるように言うのは,日本人としての品格を捨てて弱肉強食の格差社会へ向かわせようとする者たちの思う壺ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2006年7月 8日 (土)

北朝鮮のミサイル発射をもっと冷静に捉えるべきではないか?

北朝鮮のミサイル発射について書こうと思ったら,よく拝見しているブログ「華氏451度」に記事があり,自分が書こうとしたことが含まれていた。
要するに,世間は大騒ぎしているが,この問題を大きく取り上げて得をするのは親米・改憲派ではないかということである。日米安保,在日米軍,自衛隊増強の必要性の根拠とするのには最高のネタであろう。さらに言えば,マスコミが大きく取り上げるのは,親米・改憲路線を突き進めようとする政府の意図によるものではないだろうか。

発射実験により技術はかなり進展するだろうから,発射しないように圧力をかけるのにはそれなりに意味はあるだろう。
また,飢えに苦しむ国民が多数いる一方で多額の費用を要するミサイル発射を行うのは,ある程度の非難に値するだろう。

しかし,それにしても今にも戦争でも始まるような雰囲気で報道されるのは行き過ぎであろう。何者かの意図がバックになければ,これほど極端な取り上げられ方はしないのではないか。

一般国民は,いたずらに報道に振り回されないで,冷静に事態を観察することが必要ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2006年7月 3日 (月)

サッカー人気は今の日本の世相を映しているのか?

W杯サッカーの決勝トーナメント戦を時折見ている。非常に面白い。日本が出ていた予選リーグとは別物に思える。
サッカーは面白い,しかし,それほど好きにはなれない。どうも上品に見えないからである。

自分がボールを出してもマイボールをアピールする,ファウルを取られると,または取ってくれないとあからさまに不満そうな態度を取る,ピッチで唾を吐く,審判に見えないように小競り合いをする,など,日本人の考えるスポーツマンシップとはやや異なる世界でプレーが行われているように見える。
せいぜい,味方が身体を痛めて相手がボールを出してくれたときにボールを返すくらいが,少しそれっぽい程度である。

一応のルールはあるが,ルールすれすれ,ときには見つからないように破って,とにかく勝てばよい,そのために自らの言い分は強く主張する,これはまさに今の日本社会の風潮ではないだろうか。

サッカーを否定するつもりはない。自分はサッカーはやらないが,エンターテイメントとして非常に面白いと思うし,プレーする人たちは,日本人らしいサッカーを正々堂々とやれば良いと思う。特に,これまで西欧,南米のサッカーを吸収してきたのだから,これから日本独自のサッカーを築き上げてゆけば良いと思う。
体格も気性も異なるのだから,グローバルスタンダードに合わせる必要はないし,その方がかえって不利ではないだろうか。

そして,社会全般に関してもまた同様ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2006年7月 2日 (日)

小泉首相の乱痴気卒業旅行に何故もっと怒らないのか?

小泉首相の卒業旅行,目を覆うばかりである。
プレスリーを真似て歌うところなど,下品で見ていられない。
ユーモアは大事だが,一国の首相たる者,品性の感じられるユーモアを持ってもらいたい。

公務員が少しでもムダ遣いをすると目をつり上げる世の中に変えてきた張本人に対し,庶民は笑って過ごすことなく怒るべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

それにしても,最後の最後までやりたい放題で,支持する人のいることが全く信じられない。

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