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2006年8月 8日 (火)

あの戦争はやはり過ちと見なすべきか?

原爆忌や終戦記念日の時期を迎え,「過ちを二度と繰り返さないよう」との言葉が頻繁に聞かれる。

自分は,先の戦争を単純に「過ち」とすることに疑問を感じている。
あの時代にあの状況で開戦の決断をしたことを,とやかく言うだけの知識を自分は持っていない。少なくとも,国を想い,家族を想い,戦場に赴き命を落とした人達には敬意を払いたい。

しかし,北朝鮮や中東から我が国を巻き込みそうなキナ臭さが漂ってくる昨今,ややもすればヒステリックなほどに「反戦」を叫ぶ勢力も必要なのかも知れないと感じ始めた。

開戦前の我が国や,ヒトラーを支持したドイツなど,共通の対象を憎む熱が熱を呼び,冷静に考えることができないままに突き進む集団となってしまうことを防ぐには,異なる思想を持つグループの力が拮抗していることが必要であろう。一時的にはあるグループの考え方が絶対的に正しかったとしても,全国民が同じ考えを持つようになってしまったら,いつか誤った方向に進みそうになったときに抑止力が働かないだろう。

自分はこれからも,あの戦争を「過ち」とは呼ばないと思うし,そうではない人達と平行線の議論をすることになると思うが,こういう議論は,結論を出すことよりも議論することそのものに存在意義があるようにも思えるのだが,どうだろうか。

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コメント

「過ちを二度と繰り返さない」・・・と、祈るのは良いこと。

戦争は、やはり過ちと見なすべきだと、想います。

1、結論を出すことよりも議論すること。 : 賛成。

2、あの戦争に、存在意義があるようにも思えるのだが・・,  どうだろうか。  : はい、反省を含めて真相を、究明したいものです。
                

投稿: midorinoponta | 2006年8月 9日 (水) 06時48分

midorinoponta さん,コメントありがとうございます。
すべての戦争は過ちか,これは難しい問題だと思います。武力以外に問題を解決する手段が見つけられない場合は,現代でもあり得るのではと思います。
しかし,少なくとも日本においては,北朝鮮や中国から一方的に大規模な攻撃を受けでもしない限り,そのような場面はまずあり得ないでしょう。
例え,自分や自分の家族が死ぬことになるとしても,先制攻撃はするべきではないと,今は考えています。
「今後,日本が戦争をすること」は「過ち」とするべきだろうと思います。

投稿: WontBeLong | 2006年8月 9日 (水) 21時00分

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