« あの戦争はやはり過ちと見なすべきか? | トップページ | 神道は宗教か? »

2006年8月 9日 (水)

亀田vsランダエタ戦は格差社会に慣れさせるためのパフォーマンスか?

YouTubeのこの動画を見て感じたことがある。

亀田選手の父親の「みんなで一生懸命ひとつのドラマを作っている」のひと言があった。
例えボクシングというスポーツであっても,いかに力のある者に取り入って仲間に入れてもらうか,そのことに最大の努力を払って成功した者が勝者となれるということだろう。
そのためには,手段を選ぶ必要はなく,ボクシングの技術を向上させることであっても,大衆受けしやすいドラマを作ることであっても,あらゆる手段を使うことが許される。
彼らは,そのような格差社会のルールの下で真面目に懸命に努力しているのであり,自分たちの行いは正しいと確信しているのだろう。ある面から見れば勝者であり,違う面から見れば敗者であり,勝者の面から見る人達と敗者の面から見る人達とでは議論がかみ合わないだろう。

平等な社会にするためには,例えエンターテイメントと割り切ったとしても,このようなドラマを受け入れてはいけないのではないかと思うのだが,どうだろうか。

|

« あの戦争はやはり過ちと見なすべきか? | トップページ | 神道は宗教か? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/147281/11358788

この記事へのトラックバック一覧です: 亀田vsランダエタ戦は格差社会に慣れさせるためのパフォーマンスか?:

« あの戦争はやはり過ちと見なすべきか? | トップページ | 神道は宗教か? »