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2006年9月19日 (火)

日本はかつて本当に「一億総中流社会」であったか?

先刻,TBSテレビの「ニュース23」で自民党総裁選候補の討論会が行われており,テレビ局側からの質問として,「一部の金持ちが貧乏人を支える社会と,一億総中流社会と,どちらが好ましいか」というものがあった。各候補者の答えはみな,総中流が理想とも言えるが現実にはそうはいかないだろうといったものであった。そのときのやり取りで,誰かが「かつてのような総中流には戻れない」と言ったように聞こえた。

1970年頃から日本は「一億総中流社会」と呼ばれたが,果たして本当に,日本人は皆「中流」だったのだろうか。

戦後の混乱期から復興し,高度成長を成し遂げ,世界を見ればまだまだ発展途上の国が数多く存在しており,「より下の世界」を知っているから,自身は「下流」ではないと意識を持っていたということではないだろうか。
その日の食べるものに困るような状況でなければ下流とはいえない,または,ある程度生活が苦しくてもそれを下流と呼ぶのは贅沢だというような意識があったのではないだろうか。

今振り返れば,自分は子供の頃,中流だったようには思えない。友人の家ではいろいろなおもちゃなどを見てうらやましく思ったし,インベーダーゲームなども流行っていたが,とてもそんなものに使える金はなく,数回しか遊んだ記憶はない。
それでも,自分よりも家庭が貧しいと思われる友人もいた。

かつての日本は,「適度な格差社会」であったのではないだろうか。だからこそ,「成功した共産主義社会」と呼ばれるのではないだろうか。
かつての日本を,「悪平等」を言外に含めて「総中流」と呼ぶのは現在のような,さらには将来に拡大する格差社会を肯定しようとする者たちの詭弁ではないかとも思えるのだが,どうだろうか。

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