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2006年9月12日 (火)

行動を共にする米軍が攻撃されたら我々はみな戦わねばならないのか?

日本記者クラブ主催の自民党総裁選討論会で,日米の艦船が公海上でシーレーン(海上輸送路)のパトロールに当たる状況を例として,「米艦船が攻撃されても、日本は全く手出しが出来ない」と指摘したとのことである(9/12読売新聞社説)

これも巧妙なレトリックを用いた詭弁であると思う。

自衛隊は,自国防衛のためにのみ武装しているのである。憲法第九条の下で存在し得るギリギリの組織であって,他国の軍隊とは一線を画すものである。
自衛官が勤務していないときに武器を持っていないのと同じく,武器を使用して良い状況以外では,非武装と同じ状態である。
したがって,イラクでの人道復興支援活動なども,治安維持活動ではないのだから非武装で行うべきだと考えている。それで危険があるのなら,そこには行かせてはならないのだと思う。

自衛隊員は,自国防衛のために戦闘状態になったとき以外は「非戦闘員」である。
行動をともにしていた米軍が攻撃を受けたからといって,普通の民間人が危険を冒して攻撃者に立ち向かう必要がないのは明らかだろう。
自衛隊も,そのような場では普通の民間人と同じ立場のはずである。

しかし,安倍氏はシーレーン防衛という,日本の防衛のための活動でありながら公海上で行われるという,特殊な状況を持ち出して説得力を持たせようとしている。
もし,そのような状況で攻撃を受けるとしたら,相手は米軍も自衛隊も区別しないはずである。米軍艦船のみが攻撃を受けているとしたら,それは米国への攻撃であり,我が国とは関係ない。自衛隊は,上で述べたような状況の普通の民間人と同じ立場である。自衛隊艦船が攻撃を受けたら,当然反撃は可能である。

人道復興支援活動を米軍の護衛の下で行っているときに米軍が攻撃を受けたら,その場合も単なる民間人と同じで,手元に武器があるからといってそれを使う道理はない。

小泉政権は人道復興支援と称しながら,武装した自衛隊員を海外派遣し,あたかも他国の軍隊に守られる情けない軍隊のような絵図を作り出し,集団的自衛権の行使に賛同を得ようとしているのであり,それに惑わされてはいけないのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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