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2006年12月30日 (土)

[番外]2006年の終わりに

今年最後にもうひとつくらい書きたかったのですが,私事多忙のため叶いませんでした。
コンスタントに読んで下さる方が少しずつ増えているようで,そのような方々には大変失礼とは存じますが,今年はこれで最後にしたいと思います。

「ド素人」としては「Q」ばかりで「A」を出すことはできませんが,インターネットというメディアを用いれば,一国民がこのような視点を持っているということを,誰でも見られる形で示すことができますので,「普通の人達」が少しでも暮らしやすい社会になるよう,いろいろな形でわずかでも役に立てるかなと思っています。

今,日本は「普通の人達」に取って,どんどん危ない方向へ傾いていっているように感じます。サイレント・マジョリティに埋もれていても程々に良い居心地を享受できる時代ではなくなって来ているのではないでしょうか。しかし,インターネットは,誰にでも声を発する機会を与えてくれます。サイレント・マジョリティが意思を示し始めるにはとても便利なものだと思います。

来年も,このメディアを使って,疑問に思ったことを少しずつ問いかけて行きたいと思います。

来る2007年が,皆様にとって良い年となるよう,心からお祈りしております。

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2006年12月26日 (火)

携帯電話の絵文字変換機能は公共の福祉に資するのか?

つい最近知ったのだが,携帯電話で絵文字を含むメールを送受信する際,キャリア(Docomo,au,ソフトバンク)が違っても相互に変換する機能があるそうである。

これには非常に深い感慨を覚えた。

具体的な情報は持たないが,自分の知識と経験から推測するに,この機能の実現には多くの人が想像するより,はるかに巨額の費用が投じられているのではないだろうか。

携帯の絵文字を変換する,これはユーザーのニーズは極めて高いことであろう。しかし,社会全体から見て,その改善・発展に対してどれほどの意味があるだろうか。

新自由主義の台頭が極めて象徴的に具現化された例ではないだろうか。

市場が求めるからそれに応える,応えなければ料金を下げられる可能性があったとしても,ユーザがそれを求めるから応える。昨今の風潮においては,至極当然のことと受け止められるであろう。

世の中には,公教育,農業,高齢者ケアなど,改善の必要は多くの人が認めながら,ユーザが十分な負担をしない,あるいはできないことがいくらでもある。
携帯電話の変換された絵文字を見て,それに払うカネを他に回せば,もっと根本的に暮らしやすい社会に近づくのでは,などと思いを致す人は少ないであろう。しかし,市場原理主義は本来,そのような人の理性に期待しているものではないだろうか。

「小さな政府」となりカネの流れの制御があまりにも緩いものとなってしまうと,その流れは極めて偏ったものとなり,それは公共の福祉に反するのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2006年12月20日 (水)

政府はいじめ問題に本気で取り組むつもりがあるのか?

近所の小学校で,「文部科学大臣からのお願い」と題した,子供と保護者に対していじめ防止を呼びかけるチラシが配られた。
ご丁寧に,文科省のWebサイトで公表されていた。

いくら予算を使ったのか知らないが,果たしてこんなことに効果があると考えているのだろうか。「手は打った」というアリバイ作りとしか思えない。

かなりの旧聞に属するが,テレビドラマで主役の人気タレントがバタフライナイフを使ったら,それを真似る少年が続出したということがあった。
どうせありきたりな文章で呼びかけるなら,タレントにでも依頼した方がよほど効果的だろう。
タレントも変なことを真似されるよりも社会貢献できる方が良いのではないだろうか。

権力者達は我が身を利するためには巧みにメディアを利用するのに,いじめ問題などには本気で取り組む気は更々ないようである。

子供は失敗して学ぶものである。いじめ,いじめられ,そこから学ぶことも多いだろう。しかし,自殺する子供が続出するのは,度を過ぎたいじめが蔓延している証拠であろう。

多くの子供の将来に悪影響を及ぼすいじめは,社会全体がもっと本気で取り組むべき問題ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2006年12月19日 (火)

教育基本法が改正され国民は何を警戒すべきか?

教育基本法改正が決定した。

安倍首相は,去年の選挙で郵政民営化の大看板の後ろにこっそり「教育基本法改正」の公約を忍ばせておいたため,「国民が望んでいる」としゃあしゃあと言ってのけたそうである。

改正に対しては賛否両論がある。

「愛国心は是か非か?」と問われれば必要と考えるため,「愛国心」を盛り込むことに違和感を感じない人は多いだろう。
行き過ぎた個人主義や子供の心の荒廃を嘆く人は,公共心や道徳心を身につけさせようとすることに同意するだろう。
あからさまに日教組に対抗するような内容を含むため,日教組を快く思っていない人には受けるであろう。

自分も,愛国心,公共心や道徳心は必要だと思うし,日教組にもある程度批判的ではある。

しかし,今回の改正には反対である。

愛国心を肯定しながら,法改正に反対する人たちの論調には,「強制の要なし」というものが多い。

自分も基本的にはそう考えるが,少し違う。

自分は,場合によっては国民が愛国心を持つことをある程度強要されても構わないと思う。日本国民には愛国心が足りないとも感じているので,多少強制してでも状況を変えたいと思う人がいるのも理解できる。しかし,そのようなことを行えるのは,権力側に全国民の幸福を願い努力する確固たる愛国心があることが前提であると考える。ここでいう「権力」には政府関係者を含む政界の有力者だけではなく財界や官僚のそれも含んでいる。

今回の改正に関して自分が気にかかるのは,権力側に愛国心が感じられないことである。そのような権力の下での,愛国心を始めとする様々な社会貢献の態度を強要するような法令は極めて危険だと考える。

愛国心や社会貢献の態度は,私を犠牲にして公に尽くすことを含むものである。権力に確固たる愛国心がなければ,それぞれの国民の努力は適切に社会に還元されないだろう。

今,国民が国のためにと思って働いたとき,それが等しく全国民の幸福にはつながらず一部の権力者を偏って利するような状況へ向かっているのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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[番外]イーホームズ藤田社長のメッセージ

きっこのブログにイーホームズ藤田社長のメッセージが出ていました。転載自由とのことですので,こういった情報がいつのまにか埋もれてしまわないために少しでも助けになればと思い,転載します。
藤田社長の言い分が正しいかどうか,私は現在判断できません。しかし,マスコミ等が本来もっと取り上げるべきことであるとは思います。それがなされない今,我々が情報を広めることは意義深いと考えます。

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親愛なる友人の皆様、経済同友会の皆様、マスメディアの皆様、国交省建築指導課小川課長他、日本ERI鈴木社長、指定機関の皆様、東京都の皆様他

藤田です。お騒がせしておるかと思いますが、起業家として完全に復活しました!eHomesを立ち上げた時以上のパワーを留置場で得てまいりましたので、eHomes以上に日本をあっと驚かせて元気にさせるビジネスを展開します。ご期待ください。

さて、僕が書いた本、「月に響く笛 耐震偽装」の販売受付を開始しました!
http://www.imairu.com/books.html

日本の既存の言論出版会は、政治力の前に屈していることを知りました。文藝春秋は、「藤田東吾が死んでも、文春が責任を持って必ず出版する!@2100円&初刷り3万部」と、ノンフィクションセクションの出版局長他が言明し、社内の企画会議を通ったにも関わらず、11月になって、「アパグループのマンション偽装問題」の部分を削除しなければ出版できないということになりました。

この一年間を通して、テレビや新聞といったマスメディアも、報道という機能は完全に失ったことを知ったので、これはものすごいビジネスチャンスだと認識しました!そして、言論と美を追求するメディア企業imairu.comをUSAと日本に同時に設立しました。海外の友人を含む大勢の実力者が株主となって参加しています。活動開始です!

そして、「耐震偽装事件」を引き起こし、拡大させ、国民を混乱に陥れた最大の主犯:山本繁太郎を必ず弾劾して、引き摺り下ろして、この事件で亡くなった方の墓前に土下座させます。耐震偽装事件を黙殺し、一主婦を自殺に追い込んだ小泉純一郎や、杉浦正健、北側一雄も同罪です。未だに、この混乱を黙殺している安倍晋三首相は、やはり山口県同郷ゆえに山本繁太郎を追い込めないのでしょうか?もしそうなら、リーダーの器ではありません。

山本繁太郎は、耐震偽装事件を、国民の命の犠牲の上に、国の責任を隠蔽したご褒美で、国土交通省審議官に昇進していました。びっくりしました。僕が、つい先日、山本繁太郎を追い込むために、国土交通省に乗り込み、審議官室を叩いて追い出そうとする僕を誰も止めることは出来ませんでした。彼らは、自分たちの罪を認識しているのです。だから、僕に手が出せないのです。

是非、山本繁太郎が逃げて引き篭もった映像を見てください。これが現実です(11/25のドアを叩いている映像)↓
http://www.imairu.com/movie.html

この機会に、日本の様々なゆがんだ政策やマスコミの姿勢を徹底的に僕は正します。これは、一国民として行わなければならない、「主権在民を実現するための不断の努力(憲法12条)」です。

どうか、皆様も、ご協力してください。この映像を、ご友人やご家族の方に紹介してください。

日本に巣食う一部の勘違いした連中を気付かせて更生させましょう!

藤田東吾
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2006年12月15日 (金)

安倍内閣の低支持率はいつまで持つのか?

復党,やらせ,教育基本法改正強行採決,防衛省昇格などが続き,安倍内閣の支持率が急落しているそうである。
次の参院選のころには国民は忘れているだろうと,急いで動いているように見える。
国民はいつまでも馬鹿にされないように,これらのことを忘れないようにする必要があるのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2006年12月11日 (月)

「下流くん」が「再チャレンジ」しない社会は皆が望む社会なのか?

近頃,「下流くん」と呼ばれる人種が増えているらしい。
このような,最低限の収入で最低限の暮らしをして,それなりに満足してしまう人たちがいる一方で,働きたくても働けない人たちや,働きづめの人たちがいる。

「自己責任」,「再チャレンジ」などの言葉をよく聞くが,まるで人はみな自分のために生きており,勝つも負けるも自分の勝手というような風潮である。

社会というものは,構成員のそれぞれが存分に能力を発揮できる状態であるべきであり,指導者はそのように導くべきものと自分は考える。

小泉前首相は,一部の有能な人が頑張ってそうでない人は恩恵にあずかればいい,というようなことを言っていた。
日本版「ホワイトカラーエグゼンプション」の導入も検討されている。

この国の指導者達は,一部の「働きたい人」,「働ける人」をとことんまでこき使い,そうでない人は「自己責任」の名のもとに切り捨てる方が,万遍なく適度に働かせるよりも効率的と考えているのだろうか。

寝食を忘れ働くことを喜びとする人たち,最低限の暮らしを喜びとする人たち,そしてカネと権力で人の上に立ち贅沢な暮らしをすることを喜びとする人たち,そういう社会構成を望む人は少ないのではないかと思うのだが,どうだろうか。

なお,カネや権力は寝食を忘れて働けば手に入ると言う人も多いだろうが,夢を見るのは自由であるし大切であり忘れてはならないとも思うが,夢に溺れるのはどうかと思う。

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2006年12月 9日 (土)

談合は無くすことができるのか?

宮崎県知事が官製談合の疑いで逮捕された。
知事が業者と癒着して便宜をはかるというのは言語道断である。

しかし,談合そのものは,果たしてなくすことができるのだろうか。

建設業者などの立場になって考えてみる。
設計図を示され,材料まで指定され,「いくらでできる?」と問われる。
まず,何か特別な工夫をしない限り価格競争で大手には勝てないであろう。

どうやって工夫するか。
安い資材を探すのも,まともなものを探していては,他の業者と大して違う条件に置かれるわけではないので,差はあまり出せないであろう。検査の目をごまかせる範囲で粗悪な資材を使えば差は出せるかも知れない。

人件費も,まともに使っていては他の業者と差は出せない。職員に無理をさせるか,練度が低く人件費の安い人材を使うしかないだろう。

あとは利益を削るのみである。

それでも仕事が取れるとは限らない。

こんな競争をまともにやっていては各業者が共倒れになるのは目に見えている。

残る「工夫」は,皆でグルになって仕事を回し合う,つまり談合するしかないであろう。(一般競争入札でなければ賄賂という手もあるが。)

自分は,「談合は必要悪」を割り切るべきだと言う気はない。しかし,そのように考える者が多くなるのは,上のようなことから避けられないことであろう。
また,私腹を肥やす言い訳に使うにも,「必要悪」は便利である。
そのようなことから,談合に手を貸す役人や政治家がいることも,やはり避け難いことではないだろうか。

単に談合をできないようにしてしまったら,大手や外資系または劣悪な業者にばかり仕事がまわり,業界での格差が極端に広がったり,地元住民の税金がどんどん外に吸い出されることになったり,粗悪な工事が行われたりするなどの害ばかりが発生するのではないだろうか。

弊害なく談合をなくすためには,さまざまな社会構造を的確に改革することが必要であり,政治的に極めて高度な手腕が必要であろう。
結局,さまざまな組織が地元に利益を誘導してくれる政治家を応援するという姿勢を改め,真に公正に社会発展に尽力する人物を推すようになるという,「民度」の高まりが必要ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2006年12月 4日 (月)

[番外]ウツクシイクニ

今日,自民党に復党した造反議員に対して,安倍首相が「美しい国」づくりに協力して欲しいというような内容の言葉をかけているのをテレビで見ました。

口を開けば「ウツクシイクニ」,誰かに入れ知恵されて広報効果を狙っているのでしょうが,ここまでしつこいと呪文を唱えているようで,怪しい新興宗教と同じように,理屈抜きで洗脳しようとしているようにしか聞こえません。

流行語大賞も狙っているのでしょう。

「国家の品格」からイメージされる「品格ある国」などとは異なり,「ウツクシイクニ」という言葉には,人の胸に響くものが全くないのに,繰り返して口にするご本人は虚しく思わないのでしょうか。

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2006年12月 1日 (金)

教育再生会議の「いじめ問題への緊急提言」は大切な視点が抜けていないか?

教育再生会議が,「いじめ問題への緊急提言」を発表した。

極めて当たり前のことしか述べておらず,効果があるとは思えない。

自分はこの提言の中の

教員は,いじめられている子どもには,守ってくれる人,その子を必要としている人が必ずいるとの指導を徹底する。

という文言が心に引っかかった。
これは間違っているのではないだろうか。

「いじめ」は古今東西あるもので,根絶は難しいだろう。だからといって諦めて努力を怠ることはしてはならないが,「公私」の「私」の世界でいじめが存在するならば,「公」の立場としてはいじめられる側へのケアが,いじめる側への抑制行為と並んで最重要であろう。

ところで,公共広告機構のテレビCMで,

命は大切だ。命を大切に。
そんなこと,何千何万回言われるより,
「あなたが大切だ」
誰かがそう言ってくれたら,
それだけで生きていける。

というものがあった。

自分はこの機構のCMは総じてあまり好きではないが,これは非常に良いと思っている。

「命は大切だ。命を大切に。」と言うことは,「そのように考え方を変えろ」と要求することである。本人がそうは考えていないのに,ただ,そう考えろと言っても効果はほとんどないだろう。
「守ってくれる人,その子を必要としている人が必ずいる」と指導することも,「それを認識しろ」と要求することであり,そうは認識していない本人に対する効果はないであろう。

「あなたが大切だ」と言うことは,「自分がそう思っている」という「事実」を伝えることであり,嘘でない限り,有効である可能性は高いと考える。

学校で起きるいじめに関しては,まず近くにいる教師がいじめられる側に対して,「自分にとって大切な人である」とどんな形であれ示すことが必要ではないかと思うのだが,どうだろうか。

なお,いじめる側に対して,提言は厳しく臨むことを基本としているが,いじめる側も教師にとっては「大切な人」であることも忘れてはならないと思う。

[記事作成後にTBさせて頂いたブログ]
日本がアブナイ! いじめに関する緊急提言を読んで(1) ~再生会議は子供達や学校教育より、美しい国づくりを重視?~

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