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2006年12月26日 (火)

携帯電話の絵文字変換機能は公共の福祉に資するのか?

つい最近知ったのだが,携帯電話で絵文字を含むメールを送受信する際,キャリア(Docomo,au,ソフトバンク)が違っても相互に変換する機能があるそうである。

これには非常に深い感慨を覚えた。

具体的な情報は持たないが,自分の知識と経験から推測するに,この機能の実現には多くの人が想像するより,はるかに巨額の費用が投じられているのではないだろうか。

携帯の絵文字を変換する,これはユーザーのニーズは極めて高いことであろう。しかし,社会全体から見て,その改善・発展に対してどれほどの意味があるだろうか。

新自由主義の台頭が極めて象徴的に具現化された例ではないだろうか。

市場が求めるからそれに応える,応えなければ料金を下げられる可能性があったとしても,ユーザがそれを求めるから応える。昨今の風潮においては,至極当然のことと受け止められるであろう。

世の中には,公教育,農業,高齢者ケアなど,改善の必要は多くの人が認めながら,ユーザが十分な負担をしない,あるいはできないことがいくらでもある。
携帯電話の変換された絵文字を見て,それに払うカネを他に回せば,もっと根本的に暮らしやすい社会に近づくのでは,などと思いを致す人は少ないであろう。しかし,市場原理主義は本来,そのような人の理性に期待しているものではないだろうか。

「小さな政府」となりカネの流れの制御があまりにも緩いものとなってしまうと,その流れは極めて偏ったものとなり,それは公共の福祉に反するのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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