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2007年1月28日 (日)

「ゆとり教育は悪」なのか?(その2)

安倍首相が1月26日の施政方針演説で「ゆとり教育」見直しに言及した。

「ゆとり教育」に対する社会の評価は,授業内容の減少ばかりが強調され,学力低下の原因とされている。
「ゆとり教育」とは,詰め込み教育に対して,ただのんびりと教育することのように捉えられているように見える。これは,「ゆとり教育」の本来の理念を誤解している。

「ゆとり教育」を推進した,元文部省官僚の寺脇研氏は,「中学まではだれもが百点をとれる」教育を目指すべきとしていたそうである。
これは,ただ授業内容を簡単にするということではない。知識をただ覚えるのではなく,物事の本質を理解し,応用できる知力をつけるために十分に時間を割くべきだということと理解する。
基礎知識を人よりも早く身につけた生徒は塾などでさらに知識を高めれば良い。大切なのは,できるだけ多くの国民が生活またはその後の高度な学習において応用できる知力を身につけることではないだろうか。理解していなければ応用はできない。

「円周率はおよそ3」と教えることが「ゆとり教育」の象徴のひとつのように言われ,批判する論調が多い。
しかし,自分はこれにも賛成である。
いったいどれだけの人が,円周率を「3」とすることと「3.14」とすることの実質的な違いを理解しているのだろうか。こんなことが批判されることこそが,詰め込み教育の弊害を表していると考える。

「(3.14-3)/3.14=0.0445...」,わずか4.5%の誤差である。
「ゆとり教育」世代でないのに上の一文を見てスムーズに理解できなかった人は,詰め込み教育の被害者であろう。

実社会において,4.5%の誤差が問題になることは少ない。
生活に有用な学習は,「コンマ14」を覚えることではなく,円周率の意味と利用法を身につけることであろう。実生活では,円周は直径の3倍と考えて問題はないし,高等数学ではπという文字で扱う。「コンマ14」や「コンマ141592...」などを記憶していることはほとんど必要ない。せいぜい「コンマ1」で十分である。直径10cmの円を見て,円周が約30cmであることを瞬間的に理解できることが実生活では重要であろう。

「ゆとり教育」の失敗は,本質的な理解をさせる授業を教師が行えず,従来のうわべだけの学習のままで単に量を減らしたことが原因だと考える。

質の高い教育の実現のためには,付け焼き刃の改革を繰り返すのではなく,議論を尽くして教育システムを作ることが必要であり,「ゆとり教育」の検証を十分に行わず世論に流されて過去に回帰するのでは,ただ同じ歴史を繰り返すのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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コメント

今日は。

済みません。 送信不調で「庶民の教育再生」のトラックバックが2本送らされました。 1本をお手数でも削除してください。

【「ゆとり教育は悪」なのか?(その2)】に共感を感じます。 学校教育は、予算をたっぷりとって、一人一人の子供が一人前に育つように行き届いた教育にすべきです。

投稿: pk7sd | 2007年1月28日 (日) 17時09分

pk7sd さん,コメントありがとうございます。
TBのひとつを削除させていただきました。

そうですね,次世代を担う人を創る,これにはやはり金を惜しんでは
いけないと思います。

投稿: WontBeLong | 2007年1月28日 (日) 22時17分

円周率は3にはなりませんよ。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/youryou/111/020101a.htm#01
仮に3になった場合、3.14とさほど値的には変わりませんが、計算量が減りますよね?そうなると計算能力がつかなくなると思います。

本文を見る限りゆとり教育に賛成のようですが、ゆとり教育を賛成する場合今まで受けてきた教育を否定することになりますが、その点はいかがでしょうか?

投稿: sain | 2007年2月19日 (月) 11時43分

sain さん,コメントありがとうございます。
不勉強ですみません,世の中があまり騒ぐものですから,私も「円周率はおよそ3」としか教えないのかと思っていました。
「正確には3.1415...だけど実用面ではおよそ3で良い」と教えるのなら,なお結構だと思います。
計算能力は別途に訓練すれば良いのではないかと思います。
複雑な計算を正確にこなす能力と,物事の本質を的確に捉える能力と,その両方の訓練をするためには,それで良いと思います。
それから,自分が受けてきた教育に対する評価ですが,このブログで1月15日に書いた
http://wont-be-long.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_0745.html
の通り,否定的です。
私は,いつの頃からか覚えていませんが,ゆとり教育が提唱される以前から,ゆとり教育の基本理念と同じ考えを持っていました。
ゆとり教育が提唱されたとき,はじめはマスメディアなどが単に教育内容を削減するだけのことと伝えているように受け取ったので,批判的な思いを持ちました。しかし,新聞に載った文部省官僚(今思えば,この人が寺脇氏だったのかも知れません)の投稿を見て基本理念を知り,「我が意を得たり」と思ったのを覚えています。

投稿: WontBeLong | 2007年2月19日 (月) 22時14分

こんにちは。僕は平凡な高校生です。
この記事の話題“ゆとり教育”の影響をもろに受けた世代です。

さて、その“ゆとり教育”についてですが、一つ、思うことがあります。それは“ゆとり教育”が善か悪かといったことではありません。
それはズバリ「大人たちの議論」そのものです。
皆様方、大人たちの議論を聴いていると、
「今の子は学力が低下している」「このままじゃ子供たちがばかになる」などといった話がよく出てきます。
しかし、その“学力低下”云々の話が、必要以上に一人歩きしているように感じられてなりません。早い話が、きちんとした根拠がない。
大人たちは密かに「今の子供たちは俺らの代より出来が悪いぞ」といって、ある種の優越感に浸っていませんか?

そのような奇妙な優越感を大人たちが捨てない限り、今のような付け焼刃的・その場しのぎ的な議論はいつまでも不毛なものであり続けると思います。

投稿: | 2007年4月16日 (月) 22時20分

”平凡な高校生”さん,コメントありがとうございます。
私も,子供や若い人の人生を左右することなのに,他人事のように議論されている印象は受けることがあります。
メディアなどで評論する人達の多くが,高みからものをいうような態度であることも多いですね。
こういうのが,「優越感を持っている」ように映るのかも知れません。一部にはそのような「優越感」を持っている人もいるかも知れませんが,それよりも「親身になっていない」ように私は感じます。
いずれにしても,何かが改善されない限り,「今のような付け焼刃的・その場しのぎ的な議論はいつまでも不毛なものであり続ける」というのは当たっているのだろうと思います。

投稿: WontBeLong | 2007年4月17日 (火) 22時36分

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