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2007年4月 1日 (日)

選挙を棄権しても批判としての意味は成さないのではないか?

統一地方選の前半戦が始まっている。この選挙の重要性は極めて大きいのではないだろうか。

日本は長らく封建的な社会に馴染んでおり,戦後もまだその空気は残っていると思う。しかし,少し前までは,有力者たちにまだ「品格」があったように思われる。昨今は,戦前を知るような「品格」ある有力者たちのほとんどは草葉の陰から為す術もなく,封建的な考え方と,利己主義と履き違えたとしか思えない民主主義の考え方を併せ持つ者たちに世の中が牛耳られようとしているように感じられる。

そのような中,一頃よりは「あきらめムード」が少しずつ払拭されてきているようにも感じるが,まだまだ国民の政治への関心は薄いと言っていいのではないだろうか。

よく,投票したいと思う候補者がいないから選挙に行かないとか,投票しないことが批判の意を表す手段だとかいう声を聞く。

しかしそれは,国民を欺いたり利用したりしようとする政治家にとっては完全に思う壺であり,そのような者たちに,選挙に行かない国民はバカにされていると思ってよいと考える。

このようなブログを読まれる方で,選挙に行かない人はほとんどいないとも思われるので,こんな記事はあまり意味がないかも知れないが,このところ多忙で新しい記事を書く時間がなかなか取れない中,地方選に関してひとことだけでも触れておこうと思い,急ぎ書いてみた。

いずれにしても,選挙を棄権しても何の得もないので,批判の意思だけを表したいにしても,泡沫と思しき候補に入れるなり,最低でも白票を投じるなり,何らかのアクションを起こす必要があるのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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受信: 2007年4月 7日 (土) 10時29分

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