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2007年8月22日 (水)

栽培員制度は必要なのか?

裁判員制度の導入準備が進められている。
「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」という法律が平成16年(2004年)に公布され,5年以内,すなわち平成21年(2009年)までに施行されることとなっている。

自分は,どういう経緯で裁判員制度が導入されることになったのか,よく知らない。

1995年の地下鉄サリン事件や,1997年の神戸連続児童殺傷事件(いわゆる酒鬼薔薇事件)のころからだろうか,犯罪の被害者に同情が集まり,併せて犯人に対する非難が高まり,それに伴って判決の確定が遅かったり,量刑が軽いという批判の声がよく聞かれるようになったように思う。
その後,1998年の和歌山毒物カレー事件では,ほぼ物証がないままに死刑判決が出されたり,2001年に起きた,大阪池田小事件では,犯人の死刑が確定した後,1年足らずという異例の早さで執行されるなど,厳罰傾向が高まる一方,世論の司法に対する批判が強くなっているように感ずる。

裁判員制度は,このような世論に対して,一般人を裁判に参加させることで判決に対する世論の批判をかわそうとするために導入されることになったのだろうか。

法務省の説明では,
裁判員制度の導入により,法律の専門家ではない国民の皆さんが裁判に参加し,国民の皆さんの感覚が裁判の内容に反映されるようになります。そして,それによって,国民の皆さんの司法に対する理解と支持が深まることが期待されているのです。
とされている。

しかし,自民党のWebサイト上の情報でも,「国民の参加意欲は必ずしも高くない」としており,世論調査などでも制度に対する疑問や参加に消極的な国民が多いようである。

自分も裁判員制度には反対である。
裁判員制度に限らず,現在のような複雑化した社会では,さまざまなプロフェッショナルがそれぞれの役割を果たす,分業化を進める必要があると思っている。
また,強制的に国のために働かせるのは憲法違反ではないだろうか。

なぜ,世論が積極的に賛同する状態とは全く言えないのに,3年前に法律で決めたからと無理に進める必要があるのだろうか。

裁判員制度については,今一度,世論に是非を問うて,中止も視野に入れて見直す必要があるのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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コメント

司法の常識は、世間の非常識と言われています。
まつたく理解のできない判決。
時間のかかる裁判。
そうした矛盾を解決しようという声は、国民の側から上がってきたものです。
もちろん、法曹界の強い反発がありましたが、小泉さんのときにそれを押し切って、一般常識を裁判に組み入れるようになつたのです。
ところが、そうした先人たちの苦労も忘れて、国民参加の裁判制度を、今度は国民の側から否定しはじめたのです。
小生は、そうした流れをつぶさに見るにつけ、国民とは勝手なものだと、つくづく思うのです。
そんな程度の国民ですから、選ぶ代議士も、たいしたものではないようです。

投稿: あらま | 2007年8月22日 (水) 19時41分

あらま さん,コメントありがとうございます。
「国民とは勝手なもの」,まったくその通りだと思います。
私も,ここで政治家に対して「人気取りだ,大衆迎合だ」と言ってみたり,「主権者たる国民を蔑ろにしている」と言ってみたり,見ようによっては(いや本当に?)矛盾したことを言っているように思います。
しかし,国民を「勝手な」ままにしているのは権力者の意図であり,都合の良いように世論を利用したり,時にはマッチポンプでやりたいことをやるために世論を動かしたりできるようにしているのかも知れないと思います。
私利私欲や自らの野望を優先する権力者にとっては,知って考える国民ほど面倒なものはないでしょうから。

投稿: WontBeLong | 2007年8月22日 (水) 23時50分

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