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2007年10月31日 (水)

福田・小沢密室会談,小沢氏はどこへ向かおうとしているのか?

福田首相が小沢民主党代表に会談を持ちかけ,小沢氏が承諾して2人だけで会談が行われた。

小沢氏の意図はいったい何なのであろうか。
「議論はオープンな場で」というこれまでの主張と明らかに矛盾する。

数十分程度の内容を本当に秘密裏に話したければ,電話で話せばよい。
それを,「存在を公開した密室」で行うには,それなりの意図があるはずである。

何でもかんでも突っぱねるような姿勢を国民に見せるのは得策ではないと判断したのか。
民主党との協調を見せたい福田首相から大きな交換条件を出されたのか。
さまざまな事項に関してキャスティングボートを握ったような状況に驕ったのか。

全く不明である。今後を見守りたい。

いずれにしても,政権交代を実現させるには,小沢氏は決然とした態度を保ち続けるべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年10月23日 (火)

[番外]地方だからと権力の横暴を許してはいけない。

瀬戸内海放送(KSB)という,香川県の地方局の報道ですが,これはどう見てもおかしな裁判でしょう。
高知白バイ衝突死 警察が証拠を「ねつ造」?
これだけ,学校関係者や地域住民に疑われていながら,地方のことだから大きな問題にはならないと警察庁などは考えているのでしょう。裁判所も,どう考えてもグルです。

地方を見下した権力の振る舞いに,強い怒りを感じます。

支援者による情報ブログ 「冤罪事件進行中」
被告男性本人のブログ 「雑草魂」

なお,私がこのことを知ったのは,きっこさんの「きっこのブログ」です。

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2007年10月22日 (月)

日本政府がミャンマー軍政に弱腰なのは外務省が軍政に手なずけられているからか?

昨日の「サンデープロジェクト」に,1995~1997の在ミャンマー大使を務めた山口洋一という人物が出演していた。

曰く,「デモはアメリカが扇動したものである」,「日本や欧米のメディアはミャンマー政府の言い分を報じない」,「デモにはそこらへんで僧衣を買った『にわか坊主』がたくさん参加している」,「スー・チー女史は国民から支持されていない」,「スー・チー女史は政策案などを持っていない」,「ミャンマーは順調に経済成長していて国民が貧しいということはない」など,軍政べったりの発言を次々と繰り出した。

これらすべてに反論できるような材料を自分は持っていない。

しかし,少なくとも軟禁状態に置かれているスー・チー女史に対して,積極的な政治活動をしないことを非難するような言い方や,ミャンマー国民が貧しくないなどという言い分は明らかに異常である。ついでに言えば,公の場で「坊主」などと口にすること自体,知性のある人物とは思えない。
また,実際にミャンマーに行った経験のある複数の知人等の情報によっても,国民は間違いなく貧しい。
農作物が比較的豊かなところであるから,確かに飢餓に喘ぐというようなことはないが,生活水準は,豊富な天然資源が国にもたらしているであろう利益がまともに分配されているとはとても思えないものである。
そもそも,元ミャンマー大使でありながら軍政を「政府」と呼ぶこと自体がおかしい。

軍政の強い圧力下にある国民が,あのようなデモを起こすには,もしかしたら何らかの外国勢力による扇動があったのかも知れない。しかし,国民の中に不満が蓄積していなければ,いくら扇動してもあのような規模のデモにはなり得ないであろう。

山口氏は,NPOアジア母子福祉協会の理事長として,ミャンマーへの無償資金協力に力を注いでいる。

元大使の経歴や現在の活動から考えて,山口氏の軍政擁護発言は,氏が軍政と持ちつ持たれつで利益を得ており,それを守るためと見るのが普通ではないだろうか。
また,元大使がこれなのだから,ミャンマーに関わる外務省関係者等も同様に軍政に手なずけられて,様々な利益を与えられて,現在の体制の維持に協力的なのではないだろうか。

確かに,軍による圧政下では,治安が維持されて民は貧しくともそれなりに安定した生活が保たれるという面があるかも知れない。民主化の過程では,様々な混乱もあるであろう。
しかし,それはミャンマー国民が選択することであり,1990年の選挙において,国民は軍政を否定する意志を表明したのである。

山口氏の言動に外務省や政府の姿勢が表れているのであれば,関係者の私益や省益を優先する考え方は捨てて,友好国たるミャンマーの真の国益を考えた行動をするべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年10月10日 (水)

小沢一郎氏の憲法解釈は間違っているのではないか?

月刊誌「世界」が,民主党代表小沢一郎氏の「今こそ国際安全保障の原則確立を――川端清隆氏への手紙」と題した一文を掲載した。
自分はこの文章を読んでいないが,「伊藤真のけんぽう手習い塾」というサイトから孫引きさせて頂けば,

「個々の国家が行使する自衛権と、国際社会全体で平和、治安を守るための国連の活動とは、全く異質のものであり、次元が異なるのです。国連の平和活動は国家の主権である自衛権を越えたものです。したがって、国連の平和活動は、たとえそれが武力の行使を含むものであっても、日本国憲法に牴触しない、というのが私の憲法解釈です。」

と小沢氏は述べているとのことである。

これは,「アメリカでならマリファナを吸って良い」というのと似た理屈ではないだろうか。

まず,自分の感情的な感想を言わせて貰えば,例え国連の平和活動に参加しての武力行使であっても,それは世界のどこかに日本に敵意を抱く勢力を生む行為であり,国連が絶対的な正義でない以上,そのような勢力によって日本国民が危険に晒されることは避けるべきだと思う。

そして,自分は法律の専門家ではないが,単純に考えて小沢氏の論理は間違っているのではないかと思う。
憲法第9条第2項には,

前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

とある。
「戦力を保持しない」のであって,無理はあっても自衛隊の装備はあくまで隊員自身および他の国民を守るためにだけ使用されるもの,つまり警察官の拳銃の延長のようなものという解釈によって,ぎりぎりで存在しているものだと考える。
つまり,元より国外で使用できるような戦力,武力はわが国には存在しないということだと理解する。

一国民が自らの意志で,国連や他国から供給される武器を持って平和活動に参加するのは,フランスの外人部隊に参加するようなものであって本人の勝手である。
しかし,自衛隊員が政府の命令によって自衛隊の装備を携えて,武力行使の可能性を許容した上で平和活動に参加するのは,自衛隊の装備を「戦力」に変えるものであって,憲法に明らかに違反する行為ではないかと思うのだが,どうだろうか。

なお,自分は政権交代を期待しているので,小沢氏には徹底した憲法遵守の姿勢を貫いて貰いたいと思う。

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2007年10月 9日 (火)

[番外]ミャンマー軍政による長井健司氏殺害は明らかに殺人行為です。

先刻,「報道ステーション」で,ミャンマーで殺害された長井健司氏が,銃撃された後に数時間にわたって放置されていたことを報じていました。
最終的に長井氏が収容された病院は,銃撃現場からわずか700mの距離だそうです。

軍政は銃撃を「偶発的な事故」としているそうですが,それならば銃撃後すぐに長井氏の手当てに当たるはずでしょう。
ビデオを見る限り,治安部隊側に危険が迫っているとは思えません。応急処置をしたり,病院へ搬送する余裕がなかったようには見えません。

当初,軍政は長井さんを撃った銃弾は心臓を貫通しており即死との情報を発していました。それは,銃撃後救助活動をしなかったことを正当化するための嘘でしょう。
肝臓を銃弾が貫通することがどの程度重大なことなのか私はわかりませんが,映像を見る限り,撃たれた後もかなりの時間,長井氏が絶命していないことを現場の兵士は認識していたはずです。

多数の民衆の中で,まっすぐ長井氏に走り寄って,警告もためらいもなく背後から銃撃していること,その後,まったく救助活動をする意志が見られないこと,ビデオカメラなどの不利な所持品を回収していることなどから,デモ現場を取材する長井氏を意図的に狙って殺害したことは明らかではないでしょうか。

警察や政府は,徹底的に厳しい態度でこの事件に臨んでもらいたいと思います。

それが,わが国と縁の深い友人であるミャンマーという国に,民主的な社会をもたらすことにつながるでしょう。
長井氏の死を無駄にしないためにも,私はそれを強く願っています。

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2007年10月 4日 (木)

ミャンマーで長井氏を殺害した犯人を徹底して捜査するべきではないか?

ミャンマーでデモを取材中に殺害された長井健司氏の遺体が日本に到着した。

司法解剖などが行われ,警視庁は国外犯規定を適用して殺人容疑で捜査するとのことである。

長井氏が銃撃された瞬間を捉えた動画が出回っているが,それを繰り返して見る限り,長井氏を銃撃した兵士は,比較的遠い位置から長井氏を目指して駆け寄って,ためらうことなく背中から至近距離で射撃している。
また,その前に長井氏の目前で兵士が僧侶を引き倒してそれを長井氏が撮影しているようにも見える。

これだけでは詳細は推測できないが,少なくとも「はずみで」撃ってしまったようには見えず,射撃の数秒以上前から兵士には明確に撃つ意志があったように見える。
兵士の一存なのか,現場指揮官の命令なのか,またはもっと高いレベルからの命令なのか不明であるが,殺害を意図した射撃であった可能性は極めて高いと言える。

日本国民の安全を守る警察としては,この犯罪性の高いと思われる事件を,外交的な思惑とは一線を画して徹底的に捜査するべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

なお,今のところ警視庁は厳しい捜査を行う姿勢のようであるので,大いに期待したい。

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2007年10月 3日 (水)

円天...巧妙な犯罪には重い罰を科すべきではないか?

「円天」商法という,ちょっと考えればおかしいとすぐわかりそうな手口で荒稼ぎしていたL&Gという会社が,出資法違反の疑いで強制捜査を受けた。

同社の会長は,いろいろとこの手の方面に才能があるようである

他人に比べて何らかの優れた能力がなければ,やろうと思ってもこれだけのことはできないであろう。

自分は,他人より優れた能力を持ち合わせた者は,それを社会に貢献するために使わなければならないと考えている。
逆に,自らの利益のためにそのような能力を使う者には強い憤りを感じる。

このような巧妙な犯罪に対しては,拙い犯罪よりも厳しい罰を科すべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年10月 1日 (月)

2005年の選挙で郵政民営化賛成票を入れた人は今でも賛成できるのか?

いよいよ郵政事業が民営化された。

持ち株会社である「日本郵政株式会社」のWebサイトの中の,「郵政民営化Q&A」というページに,以下のような記載がある。

Question 1. 民営化の目的は?
Answer. 経営の自主性、創造性、効率性を高めるために民営化しました。
民営化によって新たな商品・サービスが提供可能になり、利用者の利便性が向上しました。また、郵便局に預けられた資金などもより自由な運用が可能になるため、経済の活性化にも貢献できます。

「経済の活性化」よりも「利用者の利便性」を先に挙げている。
これは「まやかし」以外の何物でもないであろう。

「経済の活性化」(の名を借りた米国貢献?)は第一の目的であったはずである。「利便性」は低下が予想されることが反対派の理由だったはずである。

郵便局の統廃合はすすみ,各種手数料は値上げされ,外出しにくい高齢者などのために配達員が行っていたサービスはできなくなり,Webサイトも分割されて必要な情報のありかがわかりにくくなり,通常貯金の政府保証はなくなり,郵貯マル優もなくなり,,,と,今のところ利便性は上がったとは思えない。

国民に対する「民営化の理由」の説明は,正直に「経済の活性化」を第一に挙げるべきであろう。

しかし,「経済の活性化」は,果たして米国だけの利益でなく日本国民の利益をもたらすのか,全く不明である。

かつて,2005年の郵政解散後の選挙の際に与党に投票した人たちで,自らが郵政民営化を支持した理由を明確に説明できる人は少ないのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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