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2008年4月21日 (月)

スポーツと政治は分離できるのか?

北京オリンピックの聖火リレーがいろいろと物議を醸している。

オリンピックには程遠いが,自分も若い頃にスポーツに打ち込んだ身なので,政治的な情勢とは切り離してオリンピックで力を発揮したい選手の気持ちも理解はできる。

しかし,チベット問題を含めて明らかにオリンピックを政治利用しようとしている中国に対して,無批判にオリンピックに参加することは,政治利用されることを承知の上での行為なので,それ自体が政治的な行為であるとも言える。

スポーツの政治からの独立を守るためには,政治に対して無関心あるいは無関与というわけにはいかないのではないだろうか。

スポーツを政治から分離させ,後生まで聖なるものとして引き継ぐためにこそ,参加選手達も何らかの行動を起こすべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年4月20日 (日)

鳩山邦夫氏は法相として不適格ではないか?

鳩山法相が次々と死刑執行命令書にサインしている。

先日,テレビ局のインタビューに対して,
「それぞれのケースをよく吟味して,執行すべきか決定している」
「サインする前に,先祖の墓に参ったり風呂に入って身を清めたりしている」
というように,自らの信念に基づいた行動のように話したかと思うと,
「世論の多数が死刑反対になったなら,違う行動をとる」
とも言っているのを見た。

鳩山氏が,確固たる死刑存置論者ならば,それはそれで,賛同はしないが理解はする。

また,「法相はあくまで政府の機関の一部であって,淡々と役目を果たすのみ」という考えならば,
これも同じく,賛同はしないが理解はできる。
鳩山氏自身の発言の通り,一種の「ベルトコンベア」である。

しかし,彼の発言は,そのどちらともとれる曖昧なものである。
要するに,自信の立場について,深く考えてはいないことが見て取れる。

そのような人物を,大臣,しかも法相に就かせるのは不適切ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年4月 8日 (火)

小泉純一郎氏にとって政治は単なる金儲けの手段なのか?

産経新聞によると,小泉純一郎元首相が,

強い者が生き残るとはかぎらない。政治家も政党も変化に対応できる者が生き残っていく

と語ったとのことである。

自分も,テレビで実際に話しているVTRを見た。聞いた瞬間に呆れ返った。

いったい,何の話をしているのだろうか。政治家とは,社会を作り,導くのが仕事ではないのか。
「国際情勢の変化」に限った「変化」というならわかるが,そうは聞こえない。
社会の「変化」は,政治家が作り,修正していくものではないのか。「生き残るために変化に対応する」など,営利事業者の考え方である。

政治家が「悪しき変化」に「対応」してしまったら,だれが修正するのか。

小泉氏の,この一言は,政治家が政治を単なる金儲けの手段としてしか考えていないことを露わにしたものではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年4月 6日 (日)

裁判員をやれるのは「ヒマな人」か?

(また間が空きすぎたのでひとつ。)

読売新聞によると,

来年始まる裁判員制度に向け、最高裁は裁判員候補者から辞退の申し出があった場合に裁判官が認めるかどうかを判断するための指針をまとめた。

とのことである。

判断基準は,「〈1〉他人に仕事を代わってもらえない特別な事情があるか(代替性)〈2〉仕事や生活に深刻な悪影響が出るか(影響)」とのことであり,具体例として,

「インフルエンザ流行時の医師」
「繁忙期で休めない夏場の海水浴場近くのコンビニ店長」
「種付けが一日もずらせないカキ養殖者」
「式に出ないと信頼を失うウエディングプランナー」
「学校行事のある小中学校の学級担任」
「大事な接待のある営業マン」
「小さい子供の受験を控えた親」
「種子島の祭りの時期の若者」

などが挙げられている。

社会人たるもの,皆それぞれ,それなりに「余人を以て代え難い」役割を果たしているはずである。
滅多にはないだろうが,誰が急に欠けても業務に支障が出ないように危機管理の行き届いた組織でなければ,誰かが欠ければそれなりに重大な影響が出るはずである。

また,見方を変えれば,誰しも突如として事故にあったり急病に倒れたりして,長期間仕事をできなくなる可能性はあり,どのような組織もある程度はそれに備えている必要がある。

本当に「国民の義務」であるべきものなら,有無を言わさず裁判員に就かせるべきであろう。

このように,消極的意見の多い中,国民に媚びてまで裁判員制度を導入する必要性があるのか,改めて考え直す必要があるのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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