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2008年6月22日 (日)

『死に神』は鳩山法相ではなく世論ではないか?

朝日新聞が,次々と死刑執行を承認する鳩山法相を「死に神」と表現し,話題となっている。

このブログで2008/4/20に,鳩山法相が「「世論の多数が死刑反対になったなら,違う行動をとる」と言っていることを書いた。

鳩山法相は,朝日新聞の件に関連して,「社会正義実現のためにやらざるを得ないという思いでやってきた」と述べている。
彼にとって社会正義とは,死刑賛成論が増えてきている世論にただ従うことなのだろうか。

彼がそれなりに,自身の信念に基づいて死刑執行を承認しているのであれば,「死に神」と呼ぶのも相応しいかも知れない。
しかし,鳩山法相はそのような信念など無く,ただ世論に迎合しているだけなのではないだろうか。

13人の死刑執行に,もし「死に神」の意思が働いているとしたら,それは世論ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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コメント

友達の友達が‘アルカイダ’なんだそうですね。
そんな彼が雰囲気に飲まれてサインしている見られても仕方ないですね。
ところで、今月末に、山口県光市の母子殺人事件の遺族の方の講演会が静岡でもあるということで、小生も予約してきました。
また、劇場型の通り魔殺人が増えてきました。
それを防ぐには、「死刑になったら本当に執行される、それがたとえ少年でも・・・」という意識が、国民に広がることが必要かもしれません。
目には目を、死には死を・・・これが量刑の原点かもしれません。

投稿: あらま | 2008年6月22日 (日) 08時57分

あらま さん,こんにちは。
劇場型,あるいは死刑願望型の犯罪者は死刑を恐れていませんので,死刑の執行が抑止力とはならないと思います。
「罪を憎んで人を憎まず」,ちょっと調べても結局由来はわかりませんでした(孔子だとか聖書だとか大岡越前だとか)が,古来から言い伝えられていますので,これが日本人のメンタリティーに合っており,刑罰の原点とするべきではないかと思います。

投稿: WontBeLong | 2008年6月22日 (日) 13時07分

世論にも死に神と呼ぶに相応しい目を持った人間もいるでしょう
呼び方など何とでもなるもので、罪人を前に呼び名など役に立ち
ませんし死に神でも何でも格別変わらないのは、使命ある立場の
方と死刑囚では、天と地の差があるのは否めない話。世論で後押し
する様な賛成派の呼び方を位置付け様とも取るに足らない事に過ぎず。罪人の罪を問う事が先決なのに矛先が矛盾化され誘導的とも言える死に神なる者に責任転換してるのは無責任な人達の成せる業かな。
死に神と捉えて比喩すれば世論が同情や罪悪感など覚え切り替わるだろうと同情を引くのが目的かと思う根底にあるのは卑怯な目線

投稿: 詩に紙 | 2008年6月24日 (火) 05時01分

詩に紙 さん,コメントありがとうございます。

この記事は,思いつくままに書きすぎ,いつにも増して「何がいいたいのかわからない」文章になってしまいました。

でも,朝日新聞も「死に神」と呼んだくらいで死刑賛成派まで共感するとは思ってはいないと思います。どちらかといえばケンカを売っているのではないでしょうか。

投稿: WontBeLong | 2008年6月24日 (火) 23時49分

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