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2012年11月28日 (水)

「集団的自衛権」という言葉に騙されてはいけないのではないか。

「ド素人」の疑問です。

自民党の公約に,「集団的自衛権の行使を可能とし」とあります。

「集団的自衛権」というと,まるで「いじめられている友達を見過ごしにしない」ことのように言われます。
「いじめ」の場合,明らかに善悪の区別がつきます。いじめる側が悪なのは明らかです。

戦争に,善悪があるでしょうか。それぞれの正義にしたがって戦っているのであり,善悪の問題ではありません。
まあ,アメリカは相手をテロリストと呼び,悪であるかのようにいいますが。
客観的にみれば,単にアメリカに対して不利益な相手でしかありません。

日本と利害を同じくする国が,第三国に攻撃を受けているとき,日本が防御行動を取るとします。
防御行動と言っても,SFマンガのように「バリアーを張る」ような行動ではなく,当然,応戦することになります。
そうすると,当然,第三国は日本にも攻撃を加えてきて,日本と第三国が戦闘状態になります。

さて,日本と第三国の戦闘に限って見てみれば,これは「日本が先制攻撃を加えた」ことに他ならないのではないでしょうか。

集団的自衛権容認派は,「目の前でやられている仲間を助けないのか」と言いますが,これは「いじめられている友達を助ける」構図ではなく,「正々堂々と友達とケンカしている相手に対して,友達が不利だからと加勢する」のと同じような行為ではないでしょうか。

街中で,米兵がイラク人に暴行を受けているところにたまたま通りかかった自衛官が助けに入っても,問題はありません。「集団的自衛権」を,このようなことと同じレベルで考えている人も多いのではないでしょうか。
「集団的自衛権」が問題になるのは,経緯はどうあれ,自発的な戦争参加になるからでしょう。

もっと端的な言い方をすれば,軍の命令で戦闘している米兵とイラク兵がいて,日本人がイラク兵を殺すことと捉えなければならないのではないでしょうか。

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コメント

 相変わらず「客観的」とか、「中立」とか、そういうの好きですよね。
でも中立って要は「どっちも敵に回す」ってことなんですよねー。

>客観的にみれば,単にアメリカに対して不利益な相手でしかありません。
 逆もまた然りだという観点が抜けてます。客観を装っていますが、実はただの反米思想ですね。

>これは「いじめられている友達を助ける」構図ではなく,「正々堂々と友達とケンカしている相手に対して,友達が不利だからと加勢する」のと同じような行為ではないでしょうか。
 そもそも国防ってそんな生ぬるい話じゃねーと思うんですけどね。一蓮托生で、放っておけば明日は我が身だから加勢するってもんだと思うんですけど。
そしてそれによって戦力差が作られるから戦争を抑止できる、つまり平和を導けるってもんだと思うんですけど、どうなんでしょうね?

投稿: KEI | 2012年12月 7日 (金) 22時49分

逆もまた然り,ですから客観的に善悪を簡単には決められないと思います。

集団的自衛権を行使しなかったから,一蓮托生にならず,自衛隊は海外で戦闘に巻き込まれることがなかった,日本が戦争に巻き込まれることがなかったのだと思います。

投稿: WontBeLong | 2012年12月 9日 (日) 07時47分

>集団的自衛権を行使しなかったから,一蓮托生にならず,自衛隊は海外で戦闘に巻き込まれることがなかった,日本が戦争に巻き込まれることがなかったのだと思います。
…そこはかとなく9条教の匂いのするコメントですなー…
つーか、日本が戦争に巻き込まれずに済んでいたのは、ただ単に運が良かっただけだと思います。東の隣国に戦争で我が国を平らげようとする意図がなく、しかも西や北の隣国に睨みを利かせてくれもするという。
それだけの恩があり、利害があるにもかかわらず、「客観的に善悪を見る」とか、いい度胸だと思いますけどねー

投稿: KEI | 2012年12月12日 (水) 01時48分

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