2009年3月 4日 (水)

小沢一郎氏の公設秘書逮捕には何らかの外力が作用しているとみるべきではないか?

小沢一郎民主党代表の公設第一秘書が,西松建設から違法献金を受けたとして,東京地検に逮捕された。

献金は,2006年までの4年間に行われたとのことである。
検察は,確実な裏付けがなければ動かない。
これまで5年以上,膨大な数のパズルのピースをひとつひとつ埋めてきたはずである。
そして,ひとつのピースを埋めるためには,数多くの条件がそろわなければならなかったはずである。

それらのピースのひとつひとつが埋まる確率を掛け合わせたものが,パズルが完成する確率であり,それだけでもかなり小さいはずである。さらに,自民党を破って次の首相になるかも知れない人物を対象としたパズルの最後のピースが埋まったのが,今,この時期に当たる確率を掛けると,1%にも程遠い確率だと推測される。

科学では,このような低い確率のことが発生するのは,偶然ではなく何らかの特別な原因があったと考える。
今回の場合,タイミングを見計らって最後のピースを埋めるというのは困難であろうから,すでにパズルは完成していて,公表する機会を窺っていたか,実は完成していないのに完成したと見せかけているかのどちらかであると考えるのが自然である。

自民党は,「自民党と言えども検察庁を動かす力はない」と言っている。そうかも知れない。

しかし,今回の逮捕には,何らかの特別な外力が働いていると見るのが合理的ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2009年2月 6日 (金)

麻生首相は『郵政民営化反対だった』発言を子供や若者にどう説明するのか?

衆院予算委員会での麻生首相による「郵政民営化には反対だった」との発言が物議を醸している。

子供や若者が,属するグループの流れに抗しきれず,例えば何かの悪事を働いたとして,後になって「自分は行為に反対だったけど,みんながやるといったからやった」と言ったとする。
首相があのような発言をする国において,大人はそのような子供や若者にどう言い聞かせればよいのか。
「総理大臣だって同じことを言ってるじゃないか」と言われれば,言い返す言葉がない。
「政治家なんて悪人ばかりだ」とでも言えば良いのか。そのような夢のないことを子供や若者には言いたくないと,自分は思う。

麻生首相は,特定の組織のリーダーには成り得ても,全国民の指導者になる資質は持っていないのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2009年1月21日 (水)

オバマ新大統領が就任演説で説いたのは人としての基本ではないか?

米国でオバマ新大統領が誕生した。

就任演説は,演説上手と評されるオバマ氏にしては,特にエキサイティングなものではなかったと思う。
彼の説いた内容は,覇権国たる自負と戦争や経済などの現在の米国の状況を反映した部分を除けば,いたずらに熱狂を煽るものではなく,近代市民の基本姿勢を淡々と説いたものであったように思う。

複雑な「オトナ」の力学で動く現代社会において,学校で子供に教えるような,原則に忠実な人間たれと,自国民に訴え,自らもそうあることを誓っていたように感じる。
「基本」がまったく蔑ろにされているような日本に暮らす自分としては,世界のリーダーである米国大統領があのような演説を行ったことは,非常に心強く感じた。

もし,オバマ氏が現在期待されている通りの人物なのであれば,何年も遅れて米国の真似事ばかりしているような日本の政治家や官僚は,遅れずに基本に忠実にオバマ氏と歩調を合わせていくべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2009年1月13日 (火)

麻生首相は国民を『たかり屋』扱いしているのか?

定額給付金を含む第2次補正予算案を与党が強行採決で衆院を通過させた。

支持率も落ち込んでいるのに,反対意見の極めて多い給付金をなぜここまでして実行しようとするのだろうか。
単なる意地で強行するほど,麻生首相に余裕はないはずである。結果的に党利に適うという計算があるはずである。

麻生氏の本心は,給付金をもらうのは矜持,つまりプライドを捨てた人間のすることである。
それでも麻生氏は,結局,カネをつかませれば国民は喜ぶと思っているのではないだろうか。今はマスコミも何だかんだ言っていても,給付後は,街角のインタビューで「まあ,嬉しいことは嬉しいですね」などと国民が答える状況を想像しているのではないだろうか。

やはり,庶民とかけ離れた世界しか知らない麻生氏は,「所詮,カネをバラ撒けば貧乏人は喜ぶ」と,まるで国民をたかり屋のようにしか思っていないのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2009年1月 1日 (木)

[番外]新年のご挨拶

新年明けましておめでとうございます。

といっても,この不景気な世の中,おめでたい人は多くないとは思いますが。

長い間,更新しておりませんでした。いつの間にか約3ヶ月も経ちました。
何となく,政治や経済から興味が薄れ,ニュースもあまり見ない生活をしていました。
いろいろあって,仕事にもあまり身が入らない日々でした。

新年を機に,心機一転,様々な意味で気合いを入れていきたいと思います。
このブログも更新していこうと思いますので,よろしくお願いいたします。

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2008年9月21日 (日)

[番外]遅すぎた“事故米”ならぬ“毒入り米”への農水省の対応

日本農業新聞によると,

農薬やかび毒に汚染された「事故米」が食用に不正転売されていた問題で、農水省は12日、ミニマムアクセス(最低輸入機会=MA)米から汚染米が見つかった場合は、輸出国に返品する方向で検討に入った。

とのことです。

遅すぎますね。
大体,「事故米」という呼び方がおかしいでしょう。いかにもアクシデンタルに発生したもののように聞こえてしまいますが,売りつけられた「毒入り米」です。「事故米」の大部分は農薬残留です。
突き返すのが当然です。

これまでやってこなかったのは,農水省の怠慢としか言いようがありません。

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2008年9月14日 (日)

最低賃金の地域間格差は地方住民いじめではないか?

毎日新聞によると,

厚生労働省は12日、08年度の地域別最低賃金の引き上げなどの答申状況をまとめた。全国平均の引き上げ額(時給)は昨年を2円上回る16円となり、平均額は703円と初めて700円台に乗った。

まとめによると、引き上げ額は7円(徳島県)から30円(神奈川県)の幅があった。賃金額(時給)では東京、神奈川が最も高い766円で、大阪748円、愛知731円が続いた。低いのは宮崎、鹿児島、沖縄県が627円だった。最も高い地区と低い地区の差は昨年の121円から139円に広がった。

とのことである。

引き上げとなることは良いことであるが,地域間格差の拡大は問題ではないだろうか。
東京に比べれば,沖縄は約18%低い。
本当に,地域によりこれほど生活費に差があるのだろうか。

自分は現在地方に住んでおり,今回の答申での額ではかなり下の方にあたる地域である。。
以前に東京にも住んだことがあるが,答申の額のような生活費の差は感じない。

東京では公共の交通が便利なので,クルマを持たなくても生活に不便はない。家電品など,比較的高額の生活必需品は,競争が激しくて価格が安い。

それに比べ,地方はクルマが必需品で,昨今のガソリン高騰を考慮しなくても,購入,維持費等はかなりの金額になる。通販が発達しているので,上手に買い物をすれば安くできるが,普通に近所の店で買えば家電製品などは大都市より割高である。

少なくとも,同じ生活水準で暮らすならば,地域によって18%もの生活費の差はないのではないだろうか。

このような地域間格差の設定は,財界の機嫌を取る政府与党による地域住民いじめであり,東京一極集中を促し,わが国の健全な発展の妨げとなるのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年9月10日 (水)

“事故米”の受け入れは役人の怠慢ではないのか?

コメの卸売会社が「事故米」を食用として転売していたことが明らかになり,話題となっている。

売った会社が責められるのは当然であるが,その前に,なぜ「事故米」なるものが存在するのかを疑問に感ずる。

「事故米」とは,みんなの知恵蔵によると,

ウルグアイ・ラウンド合意で日本が輸入を義務づけられた米の一部で、検査などで食用に適さないと判断された分。年間2千トン程度あり、最近は17社が購入している。工業用のりの原料のほか、灰にして建設資材に使うこともある。1トンあたり平均で6千円程度。輸入米は全体で現在、年間77万トンにのぼる。

とのことである。

輸入米全体の0.3%程度であるから,大した率ではないといえるかも知れないが,食品であることや見逃しの可能性も考えると,無視できる率ではないと考える。

このようなコメを売ってくる相手方に対して,厳しく対応していればもっと率は減らせるのではないだろうか。

役所は「ミニマムアクセス」さえクリアすれば,少々の事故米に目くじら立てて相手方とやり取りするより,手順通りに処理した方が楽だと考えているのではないだろうか。

これは憶測に過ぎず役所は十分な対応をしているのかも知れないが,もしそうではないとしたら,食品行政に携わる役人は,国民の健康を守る意識をもっと高く持って仕事にあたるべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年9月 8日 (月)

自民党総裁選は必要なのか?

福田首相が辞任を表明し,世の中は自民党総裁選の話題で喧(かまびす)しい。
メディアはすっかり自民党の広告塔と化している。

自民党は(民主党も同じだが)党内に多様な考えの人材の存在を許すことが「開かれた自由な政党」だという。
政治に「ド素人」の自分は,若い頃から,そのような状態が疑問であった。
「自民党」に所属しながら,かなりの差で考え方を異にする,それは卑怯だと感じる。「自民党」の威光を笠に着たいだけの者の集団ではないのか。
「政党」ならば同じ政策を持つ者が集まるべきではないのか。もちろん,党としての方針を決めるまでに,様々な議論があるのは良いと思うし,それでこそ優れた政策が作られるのであろう。
しかし,外部からその議論の過程があからさまに見えるのはいかがだろうか。
ましてや,議論して調整して党としての考えをまとめるのではなく,選挙で,しかも外から見える形で行って,党としての政策を決定するのは,すでにひとつの政党としての体を成していないのではないだろうか。

現在進行中であるアメリカ大統領選挙では,民主党のオバマ氏とヒラリー・クリントン氏の熾烈な争いが後を引いて,共和党に利用されるような事態になっている。
候補選まで打々発止の議論を行って,候補が決まった途端に,割れていた支持者に一丸となれというのは無理があろう。

自民党総裁選も,一般に見える形で各候補が異なる政策を主張し,総裁選が終わった途端に,「自民党としては(つまりは日本としては)この政策で行きます」と言われても,国民がついて行けるはずもないのではないだろうか。
ひとつの政党として,党内で議論を尽くし,党としての政策方針を定め,それに相応しい人物を党全体で総裁に担ぐのが適切ではないかと自分は考える。そのようなやり方を「密室政治」と批判する人もいるようだが,自分には
理解できない。

総裁選の間も,国は適切に運営される必要があり,自民党議員にも多額の税金が支払われ,マスコミが報ずるべきことは他にいくらでもあり,特に今の日本にどこの場所にも「空白」をつくる余裕はないのではないだろうか。

出来レースであってもなくても,自民党総裁選など,自民党の一党支配に慣れきって党内に複数の派閥があることさえおかしいと思わない国民に対して,税金や公共メディアを使って自民党の宣伝を行うものでしかないのではないかと思うのだが,どうだろうか。

[記事作成時または作成後にTBさせて頂いたブログ]
村野瀬玲奈の秘書課広報室 自民総裁選、マスメディアで自画自賛上演中。閉口している一般市民には何ができる?
お玉おばさんでもわかる 政治のお話 総裁選挙は福田首相の思うつぼかも知れない・・

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2008年9月 2日 (火)

[番外]福田首相の”あなたとは違う”発言について

あまりにも長い間,記事を書かなかったので,「死んだか」と思っておられる方もいるかと思い,ネタはないのですが,この大事に関して何も書かないのもどうかとも思いますのでひとことだけ書きます。

福田康夫首相が辞任表明会見で,何もかも他人のせいにした挙げ句,「他人事のように聞こえる」と指摘した記者に対して,「私は客観的に自分のことを見られる,あなたとは違うんです」と語気を荒げました。

「他人事のように聞こえる」と思っているのはあの記者のみではなく,かなり多数の国民が同じ思いでしょう。私もそうです。

それに対して「あなたとは違う」と見下げる言い方をするのは,彼の本性を垣間見せているように思います。

首相就任当初,福田さんはもっとオトナだと思っていましたが,買いかぶりだったようです。

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2008年7月 9日 (水)

”世界のナベアツ”の『アホになる』芸は障害者差別か?

「世界のナベアツ」こと渡辺鐘(わたなべあつむ)氏の「3の倍数と3の付く数字の時にアホになる」芸について取り沙汰されている。

BPOに対して視聴者から「この芸は障害者や顔面神経麻痺の人の気持ちを考えれば不適切である」という意見が寄せられたことが発端となっているようである。

自分は,今日偶然このことを知ったが,「同じことを考える人が他にもいたのか」と思った。
この意見は言葉の選び方が難しいので,自分はこれまで妻以外の人に話したことはなかった。

ネット上の論調をパラパラと見たが,概ね,視聴者の意見に対して批判的である。
批判の論旨は,「障害者を差別する意図はない」,「芸として面白い,高度である」,「テレビで変な顔をしてはいけないのか」などであった。

彼自身に,障害者を差別する気持ちはないだろうから,それを問題にするのは無意味である。あくまで結果を問題にするべきである。
また,「3の倍数と3の付く数字に即座に反応する」こと自体は,面白みもあるし,真似をすることが頭の体操になることも確かであるが,そのことと「障害者差別につながるかどうか」とは無関係である。

問題は,「アホ」と,あの表情,仕草を同一視することである。
あの芸は,他の数字をカウントするときの気取った顔,仕草と,3関係の数字をカウントするときの対極的な顔,仕草が芸の本質である。
面白い顔,面白い仕草の表現方法は無限にある。彼自身,他のバージョンも持ちネタにしている。
なぜ,「アホ」であり,あの顔,仕草なのか。

坂田利夫氏が「アホの坂田」を芸にしているが,坂田氏の場合,リアリティーのない「アホさ」を表現している。現実の世界にあのような人物はまずいない。
しかし,「ナベツネ」氏の表現はリアルすぎる。現実社会でも,同様の顔,仕草をする人を頻繁に目にする。

本人に悪気はないのであろうが,「アホ」の表現方法としてあのような選択をした浅はかさを責められるのは仕方のないことではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年7月 7日 (月)

相次ぐ食品偽装に対して消費者も責任があるのか?

ウナギや牛肉など,食品偽装が明らかになる事件が相次いでいる。
このような偽装の行われる背景として,「違いもわからないのに国産品やブランド品をありがたがる消費者にも責任がある」というような論調も聞かれる。

しかし,消費者のほとんどは,料理の専門家でもなければ食の評論家でもない。
自身が専門家でもないものに対して,良し悪しをきちんと見分けられるものなどいくつあるだろうか。
衣類でも電気製品でも家具でも,素人は販売者の説明を信じざるを得ない場合がほとんどではないだろうか。

現在は,何かと「選択の自由」や「自己責任」などを重んじる傾向が強い。何を買うにも,なかなか人任せにはできないことが多い。
しかし,「餅は餅屋」,何ごとも専門家がきっちりと自身の仕事をして,素人が安心して任せられる状態であるべきではないだろうか。
そうあってこそ,それぞれの国民が,自身の専門とする仕事に専念できるのではないだろうか。

消費者が「賢く」なることを求めるよりも,不正を行いにくく,また行った場合の罰を厳重化して,消費者が「安心」できるような社会システムとするべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年7月 1日 (火)

ガソリン税は公共交通の整備に使うべきではないか?

ガソリン代が180円/リットルを越えるような数字になった。
クルマがないと生活できない地方の庶民には大打撃である。

暫定税率復活のとき,政府は「環境保護にもよい」というような理屈をつけていた。
確かに,ガソリン代高騰のために,クルマに乗るのを控えたり,アイドリングストップを実行する人も増えているようであり,環境保護に一役買ってはいるようである。

しかし,庶民が1円でも安くして欲しいと願うガソリンに高額な税を課してクルマに乗りづらくする一方で,そのカネで道路をつくるのは矛盾していないだろうか。

税金を広く国民の役に立てて,さらに環境保護にも役立てるなら,ガソリン税は道路よりも公共交通の整備に当てるべきではないだろうか。
バスやタクシーの運行会社や自治体に料金引き下げを条件に直接補助をするなど,同じ「バラ撒き」でも一部の利権者にではなく,庶民に直接わたるような「バラ撒き」であれば,社会の公平な安定に一定の効果はあろう。

このままでは,一部の金持ちがきれいな道路を高級品と化した自動車で悠々と走り,その周りで庶民が低報酬であくせく働くという社会へ向かっていくのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年6月27日 (金)

北朝鮮を『テロ支援国家』と呼ぶのは不適切ではないか?

ブッシュ大統領が北朝鮮を「テロ支援国家」から外すことを決め,話題となっている。
こんなことを認めさせられた日本政府は,情けないこと極まりない。

ただ,それとは別の話として,北朝鮮は果たして「テロ支援国家」なのだろうか。

「テロ支援国家」,英語では"State Sponsors of Terrorism",文字通り,組織的にテロを「支援」する国家である。

しかし,北朝鮮は日本人などの拉致,大韓航空機の爆破などを国の意思により行っている。
テロを「支援」しているのではなく,国家そのものがテロを「実行」している。

この国は「テロ支援国家」どころか,「テロ国家」と呼ぶべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

ましてや,「テロ支援国家」の指定すら外して,「通常の国家」として扱うなど,あってはならないのではないだろうか。

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2008年6月26日 (木)

[番外]私が末端公務員に肩入れ(?)する理由・その2

(この内容は,前回の記事に頂いたコメントに対する回答内容の一部ですが,せっかく書いてもコメントだと人目に触れにくいので,新規記事として再度公開します。)

橋下知事は交渉で,決定根拠のデータを示せとの要求などに対して「政策判断だ」を繰り返しています。また,25日の報道ステーションで,「公務員が率先して給料を減らせば,府民,国民は付いてくる」という精神論を述べていました。
要するに,人件費削減案は,客観的なデータ解析に基づくものではなく,橋下知事の個人的な「直感・信念」に基づくものだということです。

交渉の様子大阪府職労のサイトにある動画へのリンクです)を見ていると,橋下知事はやはりコメンテーターから脱してはいないように見受けられます。弱冠38才のリーダーにあのように他人事のように振る舞われたのでは,とても部下は付いていく気になれないと思います。

あと,交渉や報ステを見ると,彼は,知事選や国政選挙に民意が正確に反映されているという幻想を本気で持っているようでしたので,コメンテーターとしても世間知らず過ぎてどうかと思いました。若しくは,「このような政治家を勝たせた府民,国民が愚かなのだからあきらめよ」ということでしょうか。

いずれにしても,一般的な日本の労働者は大人しすぎるでしょう。給料15%カットを提案されれば,夜を徹した交渉くらいは当然しなければ,労組の存在意義がないでしょう。

(ああ,思考パターンがどんどん「組織」の人間っぽくなってゆく。。。)

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2008年6月23日 (月)

[番外]私が末端公務員に肩入れ(?)する理由

私はこのブログでこれまでに何回も,「公務員批判の批判」を書いてきました。
これを「公務員擁護」と取る方もおられますが,私は決して,現在の公務員の状況を良しとしているわけではありません。公務員には批判されるべき点は多いと思いますが,批判する論調の多くが,共感できるものではないのです。

共感できない最大の理由は,労働者全体,ひいてはわが国全体にとって,公務員バッシングが強くなることは損失につながると思うからです。私利私欲のために既得権を守ろうとする,一部の「勝ち組」の思う壺だと思います。

ただし,ここでいう「公務員」とは,高級官僚,高級公務員ではない,労働組合に入れるような末端の公務員を指しています。
(高級官僚に対するバッシングでも行き過ぎと思うことはたまにありますが。タクシーでビールをもらうことくらい,別に問題ではないと思いますし。)

日本を動かしているのは,与党,高級官僚,高級公務員,また,さらに後ろで糸を引いている財界などであり,末端の公務員は単なる労働者です。
確かに,その労働条件は民間の多くと比べて恵まれている面もあり,それに甘えている公務員もある程度存在するのだと思います。

しかし,民間労働者の最低労働条件を規定する労働基準法に照らして,ぎりぎり合致している程度であり,大きく上回るものではないと思います。
つまり,目指すべき労働者の姿に比較的近いものではないでしょうか。
労働権の制約を受けており,民間よりも恵まれない部分もあります。

日本人は勤勉を美徳とします。これは良いことだと思います。しかし,先人が,戦乱の世を乗り越え,近代化を乗り越え,悲惨な敗戦を乗り越え,高度成長期を経て,やっとたどり着いた,一応「先進国」と呼ばれる今のわが国です。
庶民が,自らの生活に汲々としてジャングルに生きる野生動物のように暮らすのではなく,精神的にゆとりを持って文明社会の一員として果たすべき役割を果たすという意識を高く持って暮らすような,そんな国である資格はあるのではないかと思います。
勤勉さは,そのような働き方の中で発揮するべきではないでしょうか。

そのような働き方をするためには,しっかりとした労働条件の整備が前提となるでしょう。
公務員の労働条件は,そうした視点からは,決して必要以上に恵まれたものとは思えません。これを批判することは,より劣悪な民間の労働条件を正当化することになってしまいます。今,労働基準法に厳密に照らして,全く問題のない企業がどれほどあるでしょうか。
ただ,すべてが劣悪なわけではなく,一部には寡占や庶民の足下を見た商法などにより不当とも思われる条件の企業もあるようです。

そのような「勝ち組」企業を含めて,社会では「持てる者,取る者」が力を強める一方,「持たざる者,取られる者」はどんどん弱くなり,格差社会化が進行しています。

公務員も,「削減」を掲げて末端公務員の数を減らし,給料も減らし,高級官僚,高級公務員は末端にしわ寄せしながら自らの地位は手放そうとしていないでしょう。せいぜい,早めに天下りする程度でしょう。
全てが天下り先かどうかしりませんが,各省庁の所管法人は山ほどあります。
例えば,国交省道路局所管法人厚労相健康局所管法人農水省生産局所管法人,のようにわけの分からない団体も多く見られます。大阪府でも,所管公益法人は約900もあります。末端公務員の給料や働きぶりよりも,これらの方がよほど害が大きいのではないでしょうか。

政府や自治体としては,一部の高級官僚・公務員の高給を維持し,上記の法人のような天下り先を温存できれば,末端公務員を安く使い捨てられるのは望むところでしょう。
そして民間の経営者は,公務員の労働条件が低下すれば,自らの従業員の労働条件を切り下げるお墨付きをもらえたようなものです。

始めに書いたように,私も,末端公務員にも批判されるべき点は多々あると思います。
しかし,私や私の友人が,その家族が,そしてその子供達が,またその子供達が幸せに暮らすために今為すべき事として,公務員を責めることの優先順位はかなり低いと思いますし,批判すべき相手として優先順位の高い者達を利することにしかならないと思うのです。

私は技術系の人間ですので,せっかくこんなに科学技術が発展したのだから,社会の隅々の人までもっと心豊かに暮らして欲しいと思うのです。そうでないと働き甲斐がありませんから。

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2008年6月22日 (日)

『死に神』は鳩山法相ではなく世論ではないか?

朝日新聞が,次々と死刑執行を承認する鳩山法相を「死に神」と表現し,話題となっている。

このブログで2008/4/20に,鳩山法相が「「世論の多数が死刑反対になったなら,違う行動をとる」と言っていることを書いた。

鳩山法相は,朝日新聞の件に関連して,「社会正義実現のためにやらざるを得ないという思いでやってきた」と述べている。
彼にとって社会正義とは,死刑賛成論が増えてきている世論にただ従うことなのだろうか。

彼がそれなりに,自身の信念に基づいて死刑執行を承認しているのであれば,「死に神」と呼ぶのも相応しいかも知れない。
しかし,鳩山法相はそのような信念など無く,ただ世論に迎合しているだけなのではないだろうか。

13人の死刑執行に,もし「死に神」の意思が働いているとしたら,それは世論ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年6月20日 (金)

橋下知事は国を守るために訓練を積んでいる自衛隊の人々に思いを至らせたことがこれまでなかったのか?

橋下知事が幹部を自衛隊で研修させたいというのは,結構本気のようである。

何をはしゃいでいるのだろうか。

駐屯地を視察して急に思い立ったようであるが,それまで,自衛隊の人々が厳しい訓練を積んでいることを知らなかったのだろうか。
いや,知らないはずはないから,そのようなことに思いを至らせたことがなかったのだろう。

自衛隊,ほかにも警察,消防,海保,あるいは医師なども,自身を危険に晒しながら訓練や職務を行っており,そのような人々に知事自身を含めて社会が守られていることを,普段,意識していなかったのではないだろうか。

知事には,自衛隊研修などという思いつきよりも,もっと他に考えるべき事がいくらでもあるのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年6月19日 (木)

死刑を執行された人物を死刑囚と呼ぶのは不適切ではないか?

秋葉原事件の見せしめのように,宮崎勤氏の死刑が執行された。

彼の犯した罪は稀に見る非道なものであり,現行法の下では死刑は当然だとは思う。

しかし,報道で彼のことを今でも「死刑囚」と呼んでいることには強い違和感を覚える。
刑が執行された以上,彼は犯罪者ではない。
例えば,極めて重大な罪を犯して懲役刑を受けた人物がいたとして,その人物が刑期を終えた後になお,その人物を「受刑者」とは呼ぶまい。

メディアは,人気歌手が事件を起こせば「容疑者」と呼ばず「メンバー」とよんだり,人気芸人の場合は「司会者」と呼んだりする。
誰であっても,「容疑者」は「容疑者」であるし,刑を終えた人物は犯罪者ではないのは当然ではないだろうか。

感情的な要素を必要以上に交えた報道は,国民を誤った方向に導いてしまう危険があるのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年6月18日 (水)

大阪府の橋下知事は府庁の専制君主のつもりなのか?(その2)

橋下知事が,陸上自衛隊の駐屯地を視察したときに,
「新人ではなく、40歳代くらいの職員を対象に自衛隊での研修を検討したい」,
「府庁の事務職にどっぷり慣れ親しんだ職員に、あいさつ、姿勢から学んでほしい。僕も含めて」
と述べたとのことである。
(最後の「僕を含めて」は言葉を和らげるための付け足しであろう。あり得ないことである。)

自分も,一定期間,日本の若者が自衛隊や警察などで働く制度を作ることに基本的に賛成である。
それは,成人になれば,この国を守り,この国のために働く一員であることをしっかりと自覚するために役立つと思うからである。

あいさつ,姿勢などは,自衛隊や警察のような組織において適切に任務を遂行するために補助的に必要となるものだと考える。基本的に上司の命令が絶対である組織である。極端な場合,部下の生命を危険に晒す,あるいはかなりの確率で生命を落とすような命令もあり得る組織である。
そのような組織で規律を守るためのあいさつや姿勢である。

公務員が,国のために働くことをきちんと意識するために自衛隊で研修するのであれば,悪いことではないと思う。

しかし,橋下知事の「あいさつ,姿勢から学んで」という言葉には,府民,そして府民に選ばれた知事に,見かけだけでも忠誠を示すことを求めているような感じを受ける。

やはりこの人物は,社長の前では社員が直立不動となるのが民間の常識という認識で,府庁職員にもそれを求めているのではないかと思うのだが,どうだろうか。

さらに,あいさつや姿勢が自衛隊員の「基本」だと思っているなら,隊員の方々にも失礼な話である。

[記事作成時または作成後にTBさせて頂いたブログ]
日本がアブナイ! 石原&橋下知事は、暴君ブラザーズ?+羽生が「永世7冠」に王手+関東オークス

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2008年6月16日 (月)

大阪府の橋下知事は府庁の専制君主のつもりなのか?

大阪府の橋下知事が,6月12日に行われた46歳以上の課長補佐級職員を対象とした朝礼で,
「知事を人として尊敬できない」
と意見を述べた職員に対して,
「民間では考えられない物言い。ここは団体交渉の場ではない。上司として、その言い方に注意をする。私のやり方が気に入らないなら、職を変えてくれ」
述べたとのことである。

確かに,日本の企業には封建的な雰囲気のところが多いと思う。
社長に対して,「尊敬できない」と直言できる社員は少ないだろう。
しかし,それに対して激高するとは組織のトップとして心が狭すぎるのではないだろうか。
何かに付け,「民間」を口にする橋下知事だが,日本の平均的な民間企業のイメージと比較しているだけで,企業はどうあるべきかというような考えは持っていないのではないだろうか。

また,橋下知事は4年の任期にしか責任を持たず,知事を辞めた後も安定した高収入がほぼ保証されている。
それに対し,府の職員は知事が変わっても務め続け,職を失うと,ただでさえ公務員は転職が難しいであろうに,この不景気に次の職が見つかる期待は全く持てない境遇である。
「気に入らないならやめろ」とは,相手の足下を見た,全く卑怯な物言いではないだろうか。

確かに問題も多いのであろうが,今の職員なくして知事に何ができるというのであろうか。
仮に現在の職員を全員クビにしたら,今の状態では新たに優秀な職員を集めることは不可能であろう。

そんなに「民間」と比較したいのなら,オーナー社長のつもりで私財を投げ打ってから職員の給料に手を付ければ良いのではないかと思う。
経営に失敗すれば首をくくるくらいの覚悟で臨んで欲しいものである。

府知事は府民に選ばれた指導者であるとともに府庁職員のトップであるのだから,上司風を吹かせるのであれば,専制君主のような上司ではなく,組織の適切な運営にもきちんと配慮すべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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公務員のためいき 橋下知事の人件費削減案

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2008年6月11日 (水)

秋葉原の無差別殺人事件に関してやはり社会背景を考えるべきではないか?

秋葉原で6月8日に起きた無差別殺傷事件の犯人の青年は,やや変わった性格ではあったようである。
しかし,教育に厳しい家庭で中学まで優等生として育ちながら進学校でよい成績を取れないなど,よくある話であるし,あのような,自己愛が強く優越感と劣等感の間を極端に行き来するような性格の人物も,自分の周囲にもいて,事件の特殊性に比べてそれほど特殊な性格とも思えない。
もちろん,本人は責められるべきであるし,特に被害者やその関係者は直接的な憎しみを持つのも当然である。

しかし,我々のような第三者は,やはり再発防止のためにも客観的に事を見なければならないだろう。

高校までは,それなりに普通に成長してきた青年が,中の下くらいの成績とはいえ名門校に通いながら,どういういきさつか知らないが,自動車整備士等を養成する専門学校的要素の強い短大を出て,派遣社員として自動車工場で働いていたのは,10年か15年くらい以前であれば,かなり特殊な進路だったのではないか。

「夢を持て」と言われ続けながら夢を奪われる現在の若者達を見ていると,その中からあのような特異な行動を取る人物が出るのも,ある程度必然であり,再発防止のみならず,この国の若者やその将来の幸福のために,やはり社会構造に目を向けるべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年6月10日 (火)

[番外]キムタクのドラマでトヨタは何を狙っているのでしょうか。

フジテレビの月9ドラマ,「CHANGE」で,木村拓哉氏が首相の役を演じています。
トヨタがスポンサーについて随分肩入れしている割に,今のところ,キムタク首相は自民党を否定するような言動ばかりです。
それにしても,ストーリー自体は今のところ学芸会のようなベタベタな展開ですが,キムタク始め,超豪華キャストのために用意された脚本や撮影技術などにより,なかなか楽しめるドラマです。

トヨタがこのままの流れでストーリーを終わらせないと思っているのですが,どうなるのでしょうか。

このまま,とことんキムタク首相の人気を上げて,ドラマ終了と同時に解散総選挙で,木村拓哉氏が自民党から立候補などということはさすがに無いとは思いますが。

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与党に沖縄県有権者を批判する資格はないのではないか?

沖縄県議選で与党が過半数割れし,その原因として後期高齢者医療制度への批判が大きいとのことである。

これを受けて,古賀誠氏が,「すり込まれた感情論,理ではなく情で動いている」というようなコメントを話していた。

自分は,このところ忙しくて,後期高齢者医療制度をほとんど理解していない。従って,制度そのものを云々することはできないが,この古賀氏のコメントには腹立たしさを感じた。

情に訴えるのは自民党のお家芸ではないだろうか。
「自民党をぶっ壊す」と叫んで小泉氏が人気を集め,公務員を悪者にすることで郵政民営化への賛成票を集めて2005年の郵政解散選挙に大勝して,今に至っているのではないか。
百歩譲って,国民が後期高齢者医療制度のメリットを理解していないのだとしても,それは政府・与党の説明が不足していることに責任がある。

政府・与党に,現にカネを取られている人達を批判する資格はないのではないかと思うのだが,どうだろうか。

それにしても,自民党はテレビ朝日の報道ステーションの揚げ足を取るような抗議をしているようだが,もう末期症状を呈しているようにも見える。

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2008年5月19日 (月)

[番外]ミャンマーのサイクロン被害も忘れないで下さい。

情報が多いせいか,中国の地震ばかりが報道されていますが,ミャンマーのサイクロン被害の方も忘れないで頂きたいと思います。
国連の推計では死者6~10万人と,被災者数では中国の地震を上回る規模です。規模の問題ではありませんが。
中国では被災範囲が広すぎて情報が得られないところがありますが,ミャンマーでは軍政が情報を人為的に情報を押さえており,日本政府などの働きかけにより被害規模を縮小できる余地は,中国より大きいとも言えます。
外交的には,日緬関係より日中関係の方が重要かも知れませんが,同じアジアの隣人であり,親日的な人達であり,これまで軍政を支援してきてそのことが完全に国民のためになっているとはいえない面がありますから,日本は,ミャンマー軍政ではなくミャンマー国民のために力を尽くす義務があると思います。

日本赤十字ではミャンマーへの救援金を募集しています。
http://www.jrc.or.jp/sanka/help/news/1380.html

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2008年5月 7日 (水)

公共のためのカネを取りやすいところはもっと他にあるのではないか?

後期高齢者医療制度や,ガソリン税の暫定税率復活が話題となっている。
「取りやすいところからばかりカネを取っている」とよく言われるが,果たしてそうだろうか。

日本での「億万長者」は147万人とのことである(リンク先は2006年調査結果の記事で,2007年調査ではさらに増加している)。

所得税率は,わずか20年余り前までは,最高70%であったのが現在は40%である。
また,相続税率も,20年余り前までは最高75%であったのが現在は50%である。
さらに,法人税率は,同じく20年余り前までは最高42%であったのが現在は30%である。

そして,格差はどんどん拡大し,一部の企業の業績だけは好調である。

本当に「取りやすいところ」は他にあるのに,「取りにくいが抵抗できないところ」から取っているだけではないだろうか。

わずかな年金から,絶対額は僅かではあるが本人にとっては非常に大きな千円単位のカネをむしり取ったり,僅か20~30円とはいえ,爪に火を灯しながらもクルマがなければ生活できないような人達に負担を強いたりするよりも,もっと「取りやすい」ところはあるのではないだろうか。

自分は億万長者でもないし,40%も所得税を納めているわけでもないので,こんなことを言ってもあまり説得力はないだろうが,相続する親の財産も当てにはしていない(そもそもほとんど無い)し,平均以上の収入はあるので,もう少し所得税を負担しろと言われれば,納得できる累進性がある限り反対するつもりはない。

「取りやすいところから取っている」のではなく,日本人らしい道徳心など忘れて,既得権益を守ることに汲々としている者たちが,敢えて取りにくいところから取っているというのが現状ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年4月21日 (月)

スポーツと政治は分離できるのか?

北京オリンピックの聖火リレーがいろいろと物議を醸している。

オリンピックには程遠いが,自分も若い頃にスポーツに打ち込んだ身なので,政治的な情勢とは切り離してオリンピックで力を発揮したい選手の気持ちも理解はできる。

しかし,チベット問題を含めて明らかにオリンピックを政治利用しようとしている中国に対して,無批判にオリンピックに参加することは,政治利用されることを承知の上での行為なので,それ自体が政治的な行為であるとも言える。

スポーツの政治からの独立を守るためには,政治に対して無関心あるいは無関与というわけにはいかないのではないだろうか。

スポーツを政治から分離させ,後生まで聖なるものとして引き継ぐためにこそ,参加選手達も何らかの行動を起こすべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年4月20日 (日)

鳩山邦夫氏は法相として不適格ではないか?

鳩山法相が次々と死刑執行命令書にサインしている。

先日,テレビ局のインタビューに対して,
「それぞれのケースをよく吟味して,執行すべきか決定している」
「サインする前に,先祖の墓に参ったり風呂に入って身を清めたりしている」
というように,自らの信念に基づいた行動のように話したかと思うと,
「世論の多数が死刑反対になったなら,違う行動をとる」
とも言っているのを見た。

鳩山氏が,確固たる死刑存置論者ならば,それはそれで,賛同はしないが理解はする。

また,「法相はあくまで政府の機関の一部であって,淡々と役目を果たすのみ」という考えならば,
これも同じく,賛同はしないが理解はできる。
鳩山氏自身の発言の通り,一種の「ベルトコンベア」である。

しかし,彼の発言は,そのどちらともとれる曖昧なものである。
要するに,自信の立場について,深く考えてはいないことが見て取れる。

そのような人物を,大臣,しかも法相に就かせるのは不適切ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年4月 8日 (火)

小泉純一郎氏にとって政治は単なる金儲けの手段なのか?

産経新聞によると,小泉純一郎元首相が,

強い者が生き残るとはかぎらない。政治家も政党も変化に対応できる者が生き残っていく

と語ったとのことである。

自分も,テレビで実際に話しているVTRを見た。聞いた瞬間に呆れ返った。

いったい,何の話をしているのだろうか。政治家とは,社会を作り,導くのが仕事ではないのか。
「国際情勢の変化」に限った「変化」というならわかるが,そうは聞こえない。
社会の「変化」は,政治家が作り,修正していくものではないのか。「生き残るために変化に対応する」など,営利事業者の考え方である。

政治家が「悪しき変化」に「対応」してしまったら,だれが修正するのか。

小泉氏の,この一言は,政治家が政治を単なる金儲けの手段としてしか考えていないことを露わにしたものではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年4月 6日 (日)

裁判員をやれるのは「ヒマな人」か?

(また間が空きすぎたのでひとつ。)

読売新聞によると,

来年始まる裁判員制度に向け、最高裁は裁判員候補者から辞退の申し出があった場合に裁判官が認めるかどうかを判断するための指針をまとめた。

とのことである。

判断基準は,「〈1〉他人に仕事を代わってもらえない特別な事情があるか(代替性)〈2〉仕事や生活に深刻な悪影響が出るか(影響)」とのことであり,具体例として,

「インフルエンザ流行時の医師」
「繁忙期で休めない夏場の海水浴場近くのコンビニ店長」
「種付けが一日もずらせないカキ養殖者」
「式に出ないと信頼を失うウエディングプランナー」
「学校行事のある小中学校の学級担任」
「大事な接待のある営業マン」
「小さい子供の受験を控えた親」
「種子島の祭りの時期の若者」

などが挙げられている。

社会人たるもの,皆それぞれ,それなりに「余人を以て代え難い」役割を果たしているはずである。
滅多にはないだろうが,誰が急に欠けても業務に支障が出ないように危機管理の行き届いた組織でなければ,誰かが欠ければそれなりに重大な影響が出るはずである。

また,見方を変えれば,誰しも突如として事故にあったり急病に倒れたりして,長期間仕事をできなくなる可能性はあり,どのような組織もある程度はそれに備えている必要がある。

本当に「国民の義務」であるべきものなら,有無を言わさず裁判員に就かせるべきであろう。

このように,消極的意見の多い中,国民に媚びてまで裁判員制度を導入する必要性があるのか,改めて考え直す必要があるのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年3月17日 (月)

橋下徹知事は本当に弁護士か?

(多忙でなかなか更新できないのですが,あまり間が空いたので短い記事をひとつ書きます。)

大阪の橋下知事は3/13に朝礼を行い,「始業前に朝礼をしたかったが、超過勤務になるのでできなかった。たかだか15分の朝礼ができないというなら、勤務時間中のたばこや私語も一切認めない」と述べたとのことである。

決められた始業時間前に業務を行わせれば,当然それは時間外労働である。
「たかだか15分」などという問題ではない。
橋下知事は,弁護士であり,さらに人を雇用する立場にありながら,労働基準法や地方公務員法も知らないのであろうか。

このような考え方を世論が支持すると考えているのであれば,それは一般労働者にとって極めて危険なことではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年3月 2日 (日)

道路建設の優先順位を適切に決定するために必要なのは国民の理性ではないか?

道路特定財源などに関する国会での議論で,道路整備の優先順位が政治的に決められているのではないかと政府が追及されていたが,全くの茶番である。
そんなことはわかりきったことである。

そうであるから,各地方自治体の首長は,ガソリンの暫定税率の廃止に賛成できないのである。一部の自治体だけが賛成したら,もし暫定税率が廃止されたとき,その自治体が真っ先に予算を削られるのは目に見えている。

何かに付け,この国は官僚支配だと言われるが,小泉政権時を振り返れば,政府が決めたことには官僚は逆らえないのがよくわかる。
首相が断固としてやると言えば,官僚は従わざるを得ないのである。この国のシステムはそうなっている。
小泉氏とは逆に,官僚を利用して地元を潤そうとする与党政治家の意向にも官僚は逆らえないため,官僚は与党政治家の地元に都合の良いような予算配分を行う。

それにも関わらず,実質的に官僚支配の部分が大きいのは,政治家に官僚を統率する気概も能力も覚悟もないからだけである。

河野洋平氏の父親である河野一郎氏は,建設大臣のときに,東京オリンピック開催を目前にしての渇水を解決するために,荒川から取水して東京へ送る工事を,官僚の反対を押し切って実行したという。
また,国際会議場建設にあたり,京都が相応しい場所であると,地元の箱根からの要望を聞かずに京都に決めたとのことである。

才覚と度胸があれば,官僚にも地元にも迎合しない政治は可能なのである。

確かに,官僚側には国を意のままに操ろうとする意図もあるだろう。
しかし,政治家が票集めと政争しかできないのに,官僚が政治家の支持に従うだけの能力しか持っていなければ,国の運営はどうなるのだろうか。
官僚支配は,必要悪と言えるのではないだろうか。
そして,それを打破するためには,有能な政治家が必要であり,有能な政治家を選ぶのは国民である。
結局,政治に無関心であったり,自身の目先の利益をもたらす政治家に票を投じる国民が,無能な政府と官僚支配を生んでいるのではないだろうか。

この国の政治を国民の手に握るためには,国民のひとりひとりがこの国のことをきちんと考えることが何よりも重要なのではないかと思うのだが,どうだろうか。

なお,機会があれば改めて書きたいと思うが,そのためには教育が重要であり,また,自民と民主の大連立などはあってはならないと思う。

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2008年2月26日 (火)

『道路開発振興センター』は道路特定財源で天下り国交省OBを養うためだけの法人ではないか?

週刊ポスト2008.2.29号の記事に,「道路役人は『ガソリン税』で年収1900万円!」というものがあった。

その記事によると,国交省認可の財団法人,道路開発振興センターは,道路特定財源から道路に関連する事業への融資を仲介するだけで,常勤理事4人にひとりあたり1600~1900万円の給与を支払っているとのことである。また,一般の職員はわずかに8人とのことである。
常勤理事はもちろん国交省からの天下りであり,「道路に関連する事業」も,道路への関連性はこじつけの色が濃い。

同センターのサイトから参照できる各種の資料を見ると,自分はこのような資料を精査する知識を持たないので詳しくは分からないが,要するに以下のような状況のようである。

平成18年度でいえば,年間にわずか19件の事業に融資し,さらに,東京湾横断道路建設事業へも170億円を貸し出し,それらのための300億円ほどの資金を右から左へ流すだけのことをしたようである。
そして,国交省から道路開発調査等委託費という名目で理事の給与の大部分に当たる5800万円の補助を受けている。これも道路特定財源のようである。そして,見かけの収入が,上記の300億に加えて,還ってくる分がやはり300億程度あり,これらを含めて600億以上あるため,国からの補助は収入のわずか0.09%であるとしている。

つまり,見かけは国から収入の1%にも満たない資金しか受けていない優良な財団法人だが,実際は,道路特定財源のカネを右から左へ流すだけで,天下り理事の2000万近い年収のほとんどを国からの補助で賄っているようである。
なお,融資は銀行が審査して半分受け持つので,この法人は融資のための審査もしないで,ただ来た書類に判を押すだけのようなことしかしていない。それも年にたった19件である。

週刊ポストの記事やセンターのサイトの資料を見ればわかるが,融資対象事業も,必要なものかどうか疑わしい。

このセンターの4人の理事は,書類を見ないで判を押すだけで,実質的に国交省から高額な給与を受け取り,さらに必要性の疑わしい事業に道路特定財源を垂れ流していると判断してよいようである。

やはり,ガソリン税の暫定税率の必要性を議論する前に,このような道路特定財源の使い方を徹底的に見直すべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年2月22日 (金)

イージス艦と漁船の衝突事故で最も重要なのは責任の所在か?

房総半島沖でのイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故に関して,メディアでは自衛隊を非難する論調が多い。
それに対しネットなどでは,漁船側にも非はあると主張する論調も見られる。

自分も,事故そのものに関しては,漁船側にも責任はあると考える。
しかし,最大の問題は,最新鋭のイージス艦が状況はどうあれ漁船との衝突を避けられなかったことではないだろうか。
渡辺喜美行革相も言っていたが,自分もこの事故の報を聞いてまず考えたのは,イージス艦は小型船による自爆攻撃を防げないのかということである。

明らかに衝突の意思を持って接近してくる船に対しては,攻撃することも可能だが,漁船相手ではそれはできないということはあろう。
しかし,防衛省の発表を聞く限り,最大限の衝突回避措置を取って,なおやむを得ず衝突したということではないようである。
したがって,今回の事故で衝突した船が,仮に自爆攻撃を仕掛けようとする船であった場合でも,攻撃することなく衝突していたことであろう。

メディアはそのような面を意図的に避けているのかも知れないが,メディアの報ずるままに,この事故を「責任逃れをしようとする自衛隊と怒る漁師」というような構図で捉えるだけでは不適切ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年2月12日 (火)

ガソリン税暫定税率はとにかく一度廃止してみるべきではないか?

ガソリン税の暫定税率の存廃が話題になっている。

自分は地方に住んでいる。少なくとも現在のクルマ社会を前提にする限り,地方での道路の必要性は切実なものである。

政府・与党は,暫定税率を廃止すると,地方の道路建設に大きな支障が出るように説明している。
環境を口実にしたり,果ては「国際競争力」などまで持ち出しているが,あの東国原宮崎県知事なども含め,地方自治体の首長は道路建設のために暫定税率維持を支持している。

基本的に,暫定税率の本来の目的である,オイルショックに伴う石油消費の抑制という目的の必要はなくなっているのだから,他の理由で税率を上げるのならば,「暫定」の税率は一旦廃止して,改めて論議するのがスジであることは間違いない。

しかし,その前に,本当に地方の道路建設のために暫定税率は必要なのかという点が,きちんと議論される必要があろう。

今日の報道で,道路特定財源から独立行政法人や公益法人に多額の随意契約によるカネが流れ,それらの法人に多数の国交省OBが天下っていることが報じられた。
例えば西日本新聞によると,

揮発油税などを原資とする道路特定財源で主にやりくりしている道路整備特別会計から、国土交通省が2006年度に、同省OBらの天下った独立行政法人や公益法人などに発注した1件当たり500万円以上の調査検討費などは計814億円に上り、約86%に当たる703億円が随意契約だったことが8日、分かった。

国交省によると、06年度に道路整備特別会計から支出した独立行政法人や公益法人などは計74法人。ほとんどの法人に役職員として国交省OB延べ1343人が天下っていた。

とのことである。

暫定税率分の税収は,総額で2.7兆円とのことである。
今日の報道で明らかになったような部分だけを見直しても,特に無理はせず百億円単位の節約ができそうである。
まだ世に知られていない不当な利権を適切に整理することで,2.7兆くらいの節約はできるのではないだろうか。
もしそうであれば,逆に言えば,暫定税率分のカネは,そのような不当な利権のためだけに存在しているということになる。

道路整備は,何年も何十年もかけて行っていくものである。「暫定」は「暫定」なのであるから,ともかく一旦廃止して,できるだけの努力を行ってみてから再度検討してもよいのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2008年1月12日 (土)

新テロ特措法成立に思う-誰がこの国を動かしているのか?

新テロ特措法が,参院で否決後,衆院での3分の2以上の賛成で可決,成立した。
直近の選挙で示された民意を無視する暴挙としか言いようがない。

読売新聞によると,

今回の再可決について,与党内では「有権者の反発を招きかねない」との慎重論があった。しかし,有識者による「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)が再可決の積極活用を提言するなど,ねじれ国会の現状打開を求める声が強まったことが,与党の判断を後押しした。

とのことである。

この記事は,「中立で本当に国のことを考えている賢い人達が後押ししたのだから,間違ったことではない」と思わせたいのであろう。

しかし,自分から見れば,直近の民意の現れである参院での多数野党に否決され,与党自身が,有権者に受け入れられないと懸念しているにも関わらず,「数で押し切ってしまえ」と与党を動かすなど,「新しい日本をつくる国民会議」なるものが,多数の国民を無視して日本を操ろうとしているとしか思えない。

結果に対して何の責任も問われないのをいいことに,勝手な意見を好き放題に言う「有識者」なるものによって国が動かされるのは,極めて不快である。

ちなみに,「新しい日本をつくる国民会議」の2007年12月27日現在の主なメンバーは以下の通りである。

【共同代表】
佐々木 毅  前東京大学総長
茂木友三郎  キッコーマン会長
北川正恭   早稲田大学大学院教授
西尾 勝   東京市政調査会理事長
【副  代  表】
池田守男   資生堂相談役
古賀伸明   連合事務局長
福川伸次   機械産業記念事業財団会長
山田啓二   京都府知事
【主    査】
曽根泰教   慶應義塾大学教授
飯尾 潤   政策研究大学院大学教授
【顧問会議議長】
御手洗冨士夫 日本経済団体連合会会長
【特別顧問】
岡村 正   日本商工会議所会頭
桜井正光   経済同友会代表幹事
北城恪太郎  日本アイ・ビー・エム最高顧問
奥田 務   関西経済同友会代表幹事
瀬戸雄三   アサヒビール相談役
堀場雅夫   堀場製作所最高顧問
小林陽太郎  富士ゼロックス相談役最高顧問
宮内義彦   オリックス会長・グループCEO
浜田 広   リコー最高顧問
髙木 剛   連合会長
小柴昌俊   東京大学名誉教授
青木昌彦   スタンフォード大学名誉教授
石原信雄   地方自治研究機構会長・元内閣官房副長官
中坊公平   日本弁護士連合会元会長
安藤忠雄   建築家
三谷太一郎  東京大学名誉教授・日本学士院会員
佐藤幸治   近畿大学法科大学院教授・京都大学名誉教授
奥島孝康   早稲田大学学事顧問・前総長
安西祐一郎  慶應義塾大学塾長
屋山太郎   評論家
中村桂子   JT生命誌研究館長
船橋洋一   ジャーナリスト


このような人達に右往左往されることなく,政治家は自身の判断にもとづいて毅然たる態度を取るべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

[記事作成時または作成後にTBさせて頂いたブログ]
お玉おばさんでもわかる 政治のお話 : 給油新法案きょう成立』憲法59条適用 是か非か
村野瀬玲奈の秘書課広報室 : なぜ衆議院三分の二による再可決を問題にするのか (インド洋対米給油新法について)

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2008年1月 5日 (土)

死刑廃止は是か非か?

自分は「死刑」というものに強い関心を持っているのだが,振り返ってみると一度しか関係する記事を書いたことがない。
他人様のブログ(「お玉おばさんでもわかる 政治のお話」のコチラの記事)にコメントをたくさん書き殴ってしまったので,とりあえずひとつ記事を書こうと思う。
また続きも書くつもりで,タイトルはシンプルにした。

自分は,前にも書いたが今のところ,ゆるやかな死刑廃止論者である。
すぐにとは言わないが,徐々に死刑は廃止に向かうべきだと思っている。

理由は,すでにいろいろなところで議論が尽くされていて,
るか さんのブログ,言ノ葉工房 の 死刑考
KEN さんのブログ,灰色のベンチから の メリークリスマスとデスペナルティー 【後半
などをご覧頂ければ,死刑廃止論の根拠は大体わかるだろう。

これらの根拠は,「理屈」としては反論の難しいものであろう。
「死刑存置論者」の反論は,「被害者遺族のほとんどは犯人の死を望むはずであり,それを叶えるべき」の一点に尽きている。

「理と情の対立に行き着く」とコメントされた方がいた。

果たしてそうだろうか,と始めは思った。

ところで,自分は「復讐心」というものを覚えている限りでは持ったことがない。

自分は他人から害を受けたとき,被害の回復や加害者の反省は望むが,復讐は望まない。怪我をさせられたら,その治療のための協力は望むが,加害者も痛い目に合わせようとは思わない。

加害者が自分に必要な相手であれば,家族であれ,総理大臣であれ,再発防止のための努力は望む。
特に必要のない相手であれば,他の人が同じ目に合わないためにも一応反省は求めるが,ある程度求めて実現しなければ,それ以上の努力をしようとは思わない。「そういう人なんだな」で終わりである。

上で「被害の回復」と書いたが,この「被害」とは具体的な「被害」である。
しかし,世の中には,具体的な被害に伴って生じた精神的な被害を,復讐によって回復することを望む人も多くいるのだということが,おぼろげながら理解できてきた。

自分は,精神的にクール過ぎるのかも知れない。「クール」といえば少し聞こえが良いが,別の言い方をすれば「冷淡」か。

そうだとすると,やはり死刑存廃論は,廃止論の「理」と,「復讐」を当然とする多くの人達の「情」との対立に行き着き,接点は持てなくなってしまうのではないかと思うのだが,どうだろうか。

[記事作成時または作成後にTBさせて頂いたブログ]
お玉おばさんでもわかる 政治のお話 : 死刑廃止論カテゴリー
言ノ葉工房 : 死刑考
村野瀬玲奈の秘書課広報室 : 死刑FAQ

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2008年1月 1日 (火)

[番外]天皇明仁さまの新年のご感想

新年明けましておめでとうございます。

宮内庁より,「平成20年の新年に当たり天皇陛下のご感想」が公表されています。
全文引用させて頂きます。

 昨年は石川県と新潟県に地震があり,厳しい冬を過ごす被災者の苦労が察せられます。大雨などの自然災害は少ない年でしたが,国民生活に不安をもたらすような社会的状況が幾つか明らかになったことは残念なことでした。

 新しい年が国民一人一人にとって幸せなものであり,世界の人々が互いに信頼し合って暮していける社会が築かれていくことを願っています。

私は昨年大晦日の記事で,
「財界と自民党と官僚のガチガチのトライアングルを一度きちんと壊さないと,この国は,一般国民が幸福であり,真の価値ある国際貢献のできる国にはならないと思います。」
と書きました。「財界と云々」は別にしても,この国にどうあって欲しいかという点では,天皇陛下と同じ思いなのだと嬉しく感じました。

「今年は分配より拡大」などと言って,日本全体が低調なのだから格差解消などよりも経済を発展させる方に力を注ぐべきだという論調が聞かれます。
また,「国際貢献,テロとの闘い」と称した,アメリカ盲従の動きも止みません。

それに対して多くの国民が抱いている不安を,やはり明仁さまはわかって下さっているのだと安心しました。

今の若い人には皇室に対して失礼な考えや言動をする人も多いようですが,皇室を敬う気持ちを理屈でわからせるのは難しいでしょう。
しかし,政治に関わることを許されない陛下が,このようなギリギリの形で国民を導いて下さっており,いわば国の「重し」となって下さっているということは,少しは理解できるのではないかと思います。

興味を持って調べたので,せっかくなので今世紀に入ってからの陛下の毎年のご感想を以下に引用させて頂きます。

■平成19年
 昨年も,大雪や豪雨,台風,竜巻などの自然災害で,150人もの人命が失われたことは痛ましいことでした。新潟県や福岡県では,地震災害のため,この冬も仮設住宅で暮らしている人々のことが心にかかっています。

 また,台風による潮風害などで稲作などに大きな被害を受けた地域もあり,農家の人々の心痛が察せられます。

 新しい年の始めに当たり,我が国と世界の人々の幸せを祈り,皆が,互いに信頼し合って暮らせる社会を目指し,力を合わせていくよう,心から願っています。

■平成18年
 昨年は,終戦から60年の年に当たりました。先の大戦では日本人310万人が亡くなり,また,外国人にも多くの犠牲者が生じました。私どもは戦争で亡くなった人々のことを決して忘れることなく,この多くの犠牲の上に今日の日本が築かれたことに思いを致さねばなりません。

 暮れになって降り始めた大雪で,各地で大きな被害が生じています。そのために20人を超える人々が亡くなったことを本当に残念に思います。自然災害の被害を受けた地域で,避難生活を続けている人々のことが案じられます。また,帰島を果たした三宅島の人々,帰島を果たせずにいる人々が共に健康を保つよう願っています。

 新しい年が皆一人一人にとって幸せなものであることを祈り,より良い社会を作るために皆が助け合って力を尽くしていくことを心から念じています。

■平成17年
 昨年は自然災害が各地を襲い,大勢の人々が被災しました。厳しい冬を迎え,被災者のことが案じられます。また,経済情勢がまだ十分に良好な状況にはなく,人々の苦労を察しています。

 海外では,紛争などにより,多くの命が失われ,非常に残念なことでした。それとともに,自然災害による犠牲も多く,特に,年末に起こった地震による津波は周辺の国々に大きな被害をもたらし,極めて多数の死者・行方不明者が生じたと報道されています。誠に痛ましいことです。12年前奥尻島などを襲った津波や,私の生まれた年に起こった死者・行方不明者三千人を超す被害を出したといわれる三陸地震津波などのことが思い起こされました。

 今年は,阪神・淡路大震災が起こってから10年になります。ここに改めて皆で過去の自然災害を顧み,安全性の高い社会を築いていくことに務めることが大切であると思います。

 年頭に当たり,国民の幸せを祈るとともに,皆が相互に,また,世界の人々とも相携え,世の平安と人々の幸せのために力を尽くしていくよう願っています。

■平成16年
 大勢の人々が病気のことを心配してくれ,また,古希を迎えたことを祝ってくれたことに,深く感謝しています。

 昨年は,冷害に加え,集中豪雨,台風,地震の災害が起こり,また,日本の経済や社会に厳しい状況が続きました。海外でも日本人を含む幾多の人命が失われるという悲しい出来事がありました。苦労多く,心の痛む日々を送ってきた人も多いことと深く察しています。

 新しい年に当たり,人々の幸せと日本の更なる発展のために,皆が互いに助け合いながら力を尽くしていくことを期待しています。

 本年が,日本と世界の人々にとって明るい年となるよう祈っています。

■平成15年
 厳しい経済情勢の続く中,新しい年を迎えました。

 振り返ると,平和条約が発効して初めて迎えた新年がちょうど50年前になります。この50年間に今日の日本を築くために人々が払った非常な努力に思いを致し,より良い未来を求めて皆で力を尽くしていきたいと思います。

 国民の生活には様々な苦労や困難があることが察せられますが,今年が一人一人にとって少しでも良い年となるよう願っています。

■平成14年
 昨年は,同時多発テロという悲惨な事件が起こり,日本人24人を含み,3千人を超える死者行方不明者が生じました。この事件により,米国,日本を含む各地の経済情勢は,今一層の厳しさを増しています。世界の安定と平和を維持するため,国々の間に更なる友好と協力が強く求められていることを感じます。

 現在,日本は,厳しい状況下にありますが,戦後の苦難を克服した国民の英知と努力を思い,国民がこの困難を必ず乗り越えていくものと信じています。

 本年が,日本と世界の人々にとって,明るい兆しの見える年となることを祈っています。

■平成13年
 21世紀に入りました。過ぎ去った20世紀を顧みつつ,新しい年を過ごしていきたいと思います。

 現在の我が国は,高齢化への対応や経済の回復など,様々な課題を抱え,人々の生活にも様々な苦労の多いことと,思われます。この困難を越えていくことによって,より堅実で心豊かな社会が築かれていくことを信じています。国民の一人一人が,互いの絆(きずな)を大切にし,更によい未来を目指して助け合っていくことを切に望んでいます。

 平和や環境など世界の問題についても,国民が,他国の人々と協力し取り組んでいくよう期待しています。

 本年が我が国と世界の人々にとって幸せな年となることを念じています。

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2007年12月31日 (月)

[番外]2008年の終わりに

もう紅白歌合戦も佳境に入ってきました。本年最後の記事を書きたいと思います。

いろいろと書きたい話題はあるのですが,文をまとめる時間がなく,更新が間延びしてしまって残念に思っています。

今年から来年にかけて,日本の政治の大きな転換点になるかどうかの瀬戸際かと思います。
福田氏が首相になったときは自民党がもっと安定する方向に向かうかと思ったのですが,意外と福田氏にリーダーシップがなかったのか,自民党議員達が余りにもわがままなのか,結構自民党はフラフラしているようです。
年明けに内閣改造をしそうですが,今の状態で改造したらいろんな意見に振り回されて裏目に出そうな気もしますが,もしかしたら福田氏が一念発起して思い通りの組閣をするかも知れないなとも思います。
さて,どうなりますやら。

いずれにしても,民主党を崩そうとする報道が見受けられるようですが,民主党には負けずに政権交代に向けてがんばって欲しいと思います。
政権交代したとしても,その先に何があるかよくわかりませんが,何か問題が起きたとしても,それこそが「改革の痛み」ではないかと思います。
財界と自民党と官僚のガチガチのトライアングルを一度きちんと壊さないと,この国は,一般国民が幸福であり,真の価値ある国際貢献のできる国にはならないと思います。
来年は,そのような国に向かって歩き出す曲がり角であって欲しいと思います。

それでは,来る2008年が皆様にとって良い年になりますようお祈りしております。

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2007年12月26日 (水)

[番外]雅子さまに失礼極まりない雑誌の記事

雅子さま巡る記事が相次ぐ 「私的なお出かけ」批判も
というニュースがありました。

雅子さまのご病状がはっきりと発表されないことから、「公務ではないプライベートの外出が多い」と指摘する雑誌もあれば、「質問状」という形で、不明点を列挙する雑誌もある。

とのことです。そのような雑誌では,

医師団から発表される病状からは、雅子様が回復しているのかどうなのか読み取れないのだ。

とされ,例えば,

「AERA」12月31日・08年1月7日合併号では、「雅子さまへ20の質問状」というタイト ルの記事を掲載。

とのことであり,その中で,

「具体的に治療をしていますか」
「過去のご静養、効果はありましたか」
「悠仁さまのご誕生 どう感じていますか」
「愛子さまに妹や弟はできるのでしょうか」

などと質問を設定して,周辺関係者のコメントを載せているということです。

相手が一般人だとしても,心の病や,子供のことで悩む女性に対する理解や配慮が全くない内容でしょう。
たいていの病人は,四六時中のたうち回っているわけではありません。心の病からの回復途上にある人が,プライベートな時間を楽しむことに何の問題があるというのでしょう。また,子供の事で無神経なことを言うことがどれほど女性を傷つけるかわからないのでしょうか。
私は両方とも身近に接した経験があるので,陰でひそひそ言うならまだしも,公の場でこのようなことを言うことがどれほど相手を傷つけるか,何となくわかるつもりです。
心の病に限らないかも知れませんが,長い時間をかけて回復してきても,ちょっとしたことでまた一気に悪化することがあり,よほど慎重に療養しないと一進一退を繰り返すというのはよくあることでしょう。

まして相手は皇太子妃さまです。
周りが一切何も言わなくても,一般人には計り知れないプレッシャーやストレスを受けられるはずです。
それらを少しでも和らげようとするのが日本国民,いえ人として当然ではないでしょうか。

下品な井戸端会議ではあるまいし,公の場でこのようなことを述べることは厳に謹んでもらいたいものです。

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2007年12月20日 (木)

[番外]警察の横暴

自分のコメントを書く時間がないのですが,紹介だけさせていただきます。
また,警察が情報の捏造等によって無実の一般市民を冤罪に陥れようとしている可能性の高い事件のことを知りました。
概要は きっこ さんの「きっこのブログ」で紹介されています。
被害者のお母様のブログに経過が詳しく書かれています。

興味を持つ方が一人でも増えることを願いたいです。

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2007年12月19日 (水)

石破防衛相の発言こそ感情的ではないのか?

海上自衛隊が17日に米軍と共同で,ハワイ沖でイージス艦による初の弾道ミサイル迎撃実験に成功したとのことである。

それは成功するだろう。これに失敗が許されるはずがない。絶対命中するようにお膳立てをして,最悪の場合は模擬弾に自爆させてでも成功したことにするだろう。
こんなものは実験ではなく,単なる「ショー」であろう。

それはさておき,石破防衛相が記者会見でこの件に関して,

記者団がミサイル防衛システムはその効果に比べて費用がかかりすぎるのではないかと質問したのに対し「人命が救われるということを金額で計ることができるのか。費用が高すぎるという議論はやや不正確で感情的なものだと思う」と反論しました。

とのことである。
ちなみに,このVTRを見たが実際は「感情的」とは言わず「エモーショナル」と言った。

言っていることが矛盾していないだろうか。金額で計らず,どうやって正確で客観的な議論ができるというのだろうか。
「人命はカネで計れない」という時点で完全に「感情的」である。
そんなことを言うなら,薬害肝炎問題はどうなのか,難病認定は,年金は,生活保護は,などなど,それこそ感情的に議論は果てしなくなってしまう。

その矛盾に石破氏自身が気付かないのは,おそらく彼の頭の中では,
「有事の際に傷つけない国民と死んでも良い国民とに分けて,傷つけない国民を守るのに十分な装備をするべきで,誰が生きるべきで誰が死んでも良いかを正確に客観的に議論するべき」
だとでも考えているのだろう。

石破氏は,ミサイル防衛にカネをかけ過ぎだという批判に対して,完全に反論材料を失ってしまっているのではないかと思うのだが,どうだろうか。

いずれにしても,事の良否は置いても,15億円と言われるミサイルが一瞬で燃え尽きたことは事実である。

[記事作成時または作成後にTBさせて頂いたブログ]
日本がアブナイ! 日本初のミサイル実験、成功か?+薬害肝炎+年金問題の責任逃れ+黒田、Soccer、内藤
公務員のためいき UFO論議から思うこと

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2007年12月12日 (水)

[番外]"選挙のため”が約束違反の言い訳になると思っている政治家の常識

宙に浮いている年金記録約5000万件のうち,現時点ですでに945万件は特定が困難であることがわかったことに関して,自民党が今年度中に記録を特定するとしていたことについて,舛添厚労相は「選挙のスローガンだった」,町村官房長官は「選挙だから縮めて言った」と発言し,さらには福田首相も「公約違反というほど大げさなものではない」と述べたそうです。

「言い訳」というのは,「こういう理由なら許されるでしょ」と訴える意図で行うものでしょう。
つまり,舛添さんや町村さんは「選挙のため」ならば「ハッタリ」を言っても構わないというのが常識という認識ということですね。

「当時はできると判断していた」,「情報収集が不足していた」などと言うならまだしも,「選挙だからいい加減なことを言った」といって憚らない彼らの態度には本当に呆れ返ります。
福田首相も,もう少し上手な対応のできる人だと思っていましたが,あの言い方はかなり反感を覚えますね。

エラい方々のものの考え方は,われわれ一般人には本当にわからないものです。

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2007年12月 6日 (木)

[番外]倫理啓発ビデオに見る防衛省の常識

防衛省の倫理啓発ビデオが話題になっています。
商社による接待を再現する内容で,全隊員を対象に上映されているそうです。

報道番組でちらっと見ただけですが,なかなか笑えました。まあ,笑ってる場合ではありませんが。
何が笑えたかって,普通,接待と言えば「する側」が下手に出るものでしょう。例え「される側」が若造であっても,「する側」は「最敬礼」状態が常識ではないでしょうか。
ところが,防衛省のビデオでは,「する側」の方が態度が大きいのです。商社に天下ったOBという設定だそうです。
「またよろしく頼むよ」なんていう接待が普通の社会のどこにあるのでしょう。

いくら天下りが多いといっても,「接待するのは天下りOBがデフォルト」になっているほどとは思いませんでした。

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2007年11月29日 (木)

防衛利権問題は結局このままウヤムヤにされてしまうのか?

今日になって共産党が「証人喚問を多数決で決めたのは間違いだった」と,額賀氏の証人喚問に消極的な姿勢を示し始めた。
民主党にも慎重論があるようである。
守屋氏の逮捕で勝算がなくなったのであろうか。それとも,防衛利権というパンドラの箱の中を垣間見て,開けるのがためらわれたのであろうか。

いずれにせよ,一部の役人だけに責任が押しつけられて,防衛利権の全体像はこのまま,また闇の中に隠されてしまうのであろうか。

この箱を開けた後に,どのような混乱があるのかわからない。真に国益のためを考えても,やはり開けるべきではないとの判断もあるのかも知れない。

しかし,一国民としては,やはり真相を知りたいという気持ちを抑えきれない。

防衛利権問題にはいろいろな側面があるのかも知れないが,その一面が,国民の税金が米国や国内の軍需産業に大量に流れてその一部が官僚や政治家に還元されているというものであることは間違いないだろう。
他の側面のために,その一面には目をつむる方が当面は国のためになるのかも知れないが,例えそうだとしても,わが国が成熟した国家へと脱皮するための,これこそが「改革のための痛み」の一つではないかと思うのだが,どうだろうか。

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守屋氏逮捕-それほどまでに防衛利権の闇は深いのか?

27日に参院財政金融委員会で,額賀氏と守屋氏の証人喚問を民主党を中心とした野党だけで議決した途端,東京地検特捜部が守屋氏を逮捕した。

額賀氏と守屋氏,どちらかがウソをついているのは明らかだが,直接対決したら,ウソをついている方に勝ち目はないだろう。

ここまであからさまな手を使わなければならないほど,防衛利権に絡んでは隠し通さなければならないことがあるのだろう。

こうなると守屋氏が哀れにも見えてしまう。

いずれにしても,何が出てくるのかやや恐ろしい気もするが,野党は覚悟を決めて徹底的に追及するべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年11月17日 (土)

隊員や国民が命を預ける自衛隊の装備品の調達は公正に行われているのか?

守屋武昌前防衛事務次官による,接待の宴に久間元防衛相,額賀元防衛長官が同席したとの発言が話題となっている。
名前を挙げられた二人は,開き直るのではなく否定しており,明らかにどちらかがウソをついていることになる。
現職閣僚が記者会見で,または元事務次官が証人喚問でウソをつくからには,何に換えても隠し通したいことがあるということであり,この問題は奥が深そうである。

いずれにしても,ウィキペディアにも書かれているように,また,前の記事で参考資料として挙げた自衛隊の随意契約実績例を見てもわかるように,総合商社や米国の軍需企業と提携している企業にとって防衛省・自衛隊は重要な「金ヅル」である。
国内の自衛隊装備品などを製造する企業と異なり,これらの企業は「出来合い」のものの売り込みで競い合うわけである。
そこでいろいろと裏の利権争いが生ずるのであろうが,もし,接待や天下りの受け入れなどの状況が契約の取れ具合に影響しているならば,これは大きな問題であろう。
公共工事の施工業者を選ぶような場合も公正な選択が必要であるが,それにも増して,自衛隊員が直接命を預けるものが多い装備品の選択においては,公正かつ入念な検討に基づくことが必要であろう。
我々一般国民も,それらの装備品に命を守られるわけであるからなおさらである。

山本五十六は「百年兵を養うは、ただ平和を護らんがためである」と言ったとのことであり,「百年銃を磨く」も同じく平和を守るためであろうが,だからといって性能の劣る銃であって良いわけではない。
百年磨いて,百年目に撃つ必要に迫られたとき,標的に当たらなかったり,ましてや暴発などしようものなら百年が無意味になってしまう。

自衛隊の装備品は,プロフェッショナルの目による,余計な要素を排除した徹底的に厳格な選択により調達されるべきであり,それが実現されているか否かは徹底的に追及されるべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年11月15日 (木)

[番外]防衛利権の闇は深そうです。

守屋武昌前防衛事務次官の参議院での証人喚問が話題になっています。

そんな折,たまたま見つけた情報で,防衛利権の闇は深そうだなあと思ったものがあったので紹介します。

組合絡みで,香川県の善通寺市で市長が水道事業を民営化しようとして,労組や住民が反発しているという話を知りました。(例えばこんな情報があります。)

市長は「宮下裕」という人なのですが,どんな人なのかと少し検索してみたら,こんなものがありました。そこから抜粋すると,

善通寺市長 宮下 裕
 プロフィール
  昭和12年1月香川県善通寺市生まれ。
  昭和43年防衛大学校卒業。
  航空自衛隊、防衛庁航空幕僚監部、西部航空方面隊司令官、
  統合幕僚会議事務局長、航空総司令官を歴任
  平成5年10月に退官後、伊藤忠商事株式会社本社勤務を経て、
  平成6年 5月から善通寺市長に就任(現在2期目)。

「伊藤忠 航空自衛隊」でググるといろいろ出ますが,こんなのもありました。
随意契約をたくさん取っていますが,5億の契約もあります。航空自衛隊は,伊藤忠の上得意ですね。

そんな会社に天下って,ほんの数ヶ月で退職しています。退職金はいくらだったのでしょうか。
上得意の空自に顔の利く元総隊司令官にならいくら払っても損はないでしょうね。

ちなみに善通寺市は,人口わずか3.5万人で,そのうち約4000人が自衛隊員だそうです。元航空総隊司令官が選挙で負けるわけはないでしょう。
市の労組と対立しているようですが,部下に「死ね」と命令できる地位にあった人にとって,労組の言い分なんて聞いていられないものなんでしょうね。

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2007年11月12日 (月)

ゲーツ米国防長官は米国は日本に経済支援だけを期待していることを明らかにしたのではないか?

米国のRobert Gates国防長官が来日して,首相と会談するなどした。

毎日新聞によると,石破茂防衛相との会談で,普天間飛行場の移設問題や自衛隊海外派遣の恒久法制定に関して,
「(日本は)世界で最も金持ちなメジャー国として、それに見合う役割を果たしてほしい」と指摘した。
とのことである。

また,読売新聞によると,在日米軍駐留経費の日本側負担,いわゆる「思いやり予算」の据え置きを求めて,
「日本が同盟の継続に熱心かどうかを示す象徴的な意味がある」
と述べたとのことである。

「米軍によって日本の安全が守られている」とする論調は多いが,これらの国防長官の発言を見ていると,「我々が出ていってもいいのか?」と脅すような意志は感じられない。
要するに「我々と良好な関係を保ちたければカネを出せ」と言っているだけのようである。

日米安保は,わが国の安全保障上でプラスの部分は確かにあるだろうが,米国にとっての軍事的,経済的なプラスは極めて大きく,一方的に守ってもらっているような卑下した考え方はやめて,わが国が米軍へ様々な支援をしている実態を外交カードとして十分に活用していくべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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渡邉恒男氏はまだ大連立に未練があるのか?

11/11の読売新聞で,約半面を割いてドイツのメルケル政権の現状を解説している。
同政権は,保革2大政党による大連立政権であり,任期4年のうち今年が2年目で折り返し点だということである。
「折り返し点」というのは,わざわざ大きな紙面を割いて取り上げるにはいかにも弱い理由である。
記事をよく読むと,やや高評価ではあるが比較的中立な内容である。しかし大見出しは「大連立で安定推進」である。

コラム記事「方位針」の中でも,
一度、小沢氏が表に出した政権入りへの意欲。形を変えて再浮上する可能性は否定できない。
と記されている。

読売新聞は,世論を何とか大連立支持に傾かせ,一度傾いた姿勢を見せた小沢氏を追い詰め,大連立へ持って行こうとしているのだろうか。

渡邉恒男氏は,失敗に終わった謀略にこれ以上こだわっても見苦しいだけだと悟るべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年11月 8日 (木)

[番外]自民vs.民主,面白くなってきました

小沢一郎氏,連立はさらっと流しましたね。
まだ可能性があると見る向きもあるようですが,それはないでしょう。

安倍氏から福田氏へと首相が代わり,民主党が頼りなく見えるようになって一気に形勢が悪くなってきたところでの,起死回生の試みだったのではないでしょうか。
これで,参院選圧勝でやや浮かれ気味であった民主党にぐっと緊張感が高まって,本気で政権奪取へ取り組む体制ができてきたのではないでしょうか。

小沢氏に似つかわしくない涙は,それほど大きな一世一代の賭けに勝って感極まったものかと思います。

小沢氏は,衆院選に「政治生命の全てを懸けて」取り組むと意思表明しました。
あとは政治家人生最大の勝負へと邁進し,勝てた暁には一線を退いて裏方へまわるつもりでしょうか。

私は小沢氏や民主党を支持するわけではありませんし,二大政党制が良いのかもわかりません。
しかし,とにかく自民の一党独裁体制を崩して,緊張感があり,真に「代議」を行う政治になってほしいと願っています。また,国民もそれに相応しい,意識の高い市民になるべきだと思っています。
小沢氏は,その突破口を開く大きな可能性を持った人物であると期待していますし,今が次にいつ来るかわからない大きなチャンスだと思います。

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2007年11月 6日 (火)

[番外]小沢氏にはあくまでも政権交代のために働いて頂きたい。

テレビではどのチャンネルでも小沢一郎氏の辞任劇を取り沙汰しています。
私も,小沢氏の意図はよくわかりません。
ただ,「小沢氏が民主を割って出て自民と手を組むのでは」との説もありますがそれはあり得ないと思います。
私は「ド素人」であり,政治に関して浅学ですが,直感として小沢氏の政権交代への意気込みは本物だと感じています。
安倍氏の突然の辞任と福田首相の誕生で,自民党が落ち着き始めたのが誤算で,懸命に対応策を講じているのではないかと思います。
まだ一度も政権を担ったことがないという意味では,小沢氏の言うとおり民主党は確かに力量不足であり,それにも関わらず変に勢いづくと,かえって世論が離れてしまうことを懸念しているのかも知れません。

いずれにしても,小沢氏は,生来の「裏方」,「汚れ役」なのではないかと思います。
代表を退いても,民主党の「裏方」として,政権交代を目指す努力は全力で続けてくれるものと期待したいと思います。

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2007年11月 4日 (日)

小沢氏は辞任のタイミングを計っていたのか?

小沢一郎氏が,民主党代表を辞任したいと表明した。
誰もがその意図を計りかねているようである。自分もよくはわからないが,小沢氏の辞任表明を聞いていてぼんやりと以下のように感じた。

福田首相から,連立を持ちかけられたという。小沢氏本人は否定しているが,一部には,実は小沢氏から持ちかけたとの話も出ている。
小沢氏は連立を是とする前提で党に持ち帰り,役員に完全に否定され,それが元で辞任するとのことである。

自分は,ここで前にも書いたが,連立には反対であった。
しかし,辞任表明会見での小沢氏の話を聞いていて,何となく連立を選択しようとした小沢氏の気持ちもわかる気がしてきた。

マスコミなどでは,近々衆院選を行うと民主党が有利との見方が多い。参院選での圧勝を受けての判断であろう。しかし,残念ながら世論はそこまで賢明ではないように思う。参院選での勝因には,やはり年金・社保庁問題や,大臣の数々の失態の占める割合が大きいだろう。
世論には,民主党に対する政権担当能力不足への懸念が大きいだろう。
このまま,民主党を利するようなわかりやすいスキャンダラスなことがないままに衆院選を迎えれば,老練な福田首相に率いられて無難に過ごす自民党にまた票が戻ってしまう可能性は大きい。
ここで民主党に勝たせれば政権交代,という場面で民主党を勝たせるほど,世論は思い切った動きはできないのではないだろうか。

連立を組んで,閣僚ポストをいくつか手に入れることで政権担当能力を示し,それから単独政権を取るべく衆院選に臨むことで,「民主党にやらせてみようか」という票を集められると小沢氏が読んだのであれば,それはひとつの選択肢としてあり得るのではないかと,今は思う。
「大連立は大政翼賛的」と考えるのも,世論では少数ではないだろうか。一般国民には,わかりやすい形で政権担当能力を示す方が効果が大きいだろう。

しかし,それだけであれば,それを役員に拒否されたからと言って辞任することはないであろう。

自分は,政権交代を掲げて小沢氏が民主党代表になったとき,そうは言いながら政権交代を達成したとしても小沢自身は首相になるつもりはないだろうと思っていた。道筋をつければ自身は身を引き,管氏あたりに首相をさせるつもりだろうと思っていた。

参院選に勝利し,政権交代の実現は大きく近づいてきたと言える。連立が政権交代への近道と判断はしたものの,他の幹部に否定されて実現不能となった以上,このまま一度連立になびいた小沢氏が代表を務めるよりは,あくまで単独で政権を奪取する姿勢を貫くことを国民に示すために交替した方が得策であり,予定より少し早いが今が身の引き時と判断したのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年11月 2日 (金)

「ゆとり教育は悪」なのか?(その5)

毎日新聞によると,

中央教育審議会教育課程部会が30日大筋で了承した次期学習指導要領の「中間まとめ」は、ゆとり教育の象徴的な存在である「総合的な学習の時間」(総合学習)の大幅削減を小中学校ともに認めた。

とのことである。

ここでは,これまでに以下の4つの記事を書いた。
「ゆとり教育は悪」なのか?
「ゆとり教育は悪」なのか?(その2)
「ゆとり教育は悪」なのか?(その3)
「ゆとり教育は悪」なのか?(その4)

「ゆとり教育」が,目指す効果を得られないのは,実践する立場の教師の指導や育成が不十分であるからだと思う。

先日,何かのテレビ番組で,算数に関して応用力を付けさせる教え方の講習を受けた教師が,自分の授業で実践する様子を流していたが,その教師は,素人の自分から見ても極めて不適切な教え方をしていた。40代後半くらいのベテランらしい教師である。

自分は,各科目の授業で基礎知識を教え,「総合学習」の時間に理解を深めたり応用練習をするのは適切な教育だと考える。
自分のような素人でも,「円周率はおよそ3」をテーマに総合学習をやれと言われれば,2時間や3時間は授業を行う題材は準備できると思う。理科や地理,さらには実生活と組み合わせて様々な応用事例が考えられるし,円周率がおよそ3であることを体感するような事も考えられる。

しかし,さまざまなテーマに関してそのような授業を実践するには,教師に非常に高い創造力が要求されるだろう。
そのような創造力を持つ教師の育成や,そもそも「総合学習」の指導には創造力が必要であることをまず教師に理解させることなどが,「ゆとり教育」の前提条件となるだろう。

文科省も教師を適切に指導するシステムを作ることが必要だと思うが,教師自身や親たちも,教育に真摯に取り組む心がけが必要であろう。

そのような環境を作り出せていない以上,一旦後退するのはやむを得ないと考えるが,単に昔に戻ってしまうのではなく,あくまで「ゆとり教育」の本来の理念を貫くための,教師の育成などをしっかりと続けていくべきであり,また,そのための教育現場の環境作りを行うべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年10月31日 (水)

福田・小沢密室会談,小沢氏はどこへ向かおうとしているのか?

福田首相が小沢民主党代表に会談を持ちかけ,小沢氏が承諾して2人だけで会談が行われた。

小沢氏の意図はいったい何なのであろうか。
「議論はオープンな場で」というこれまでの主張と明らかに矛盾する。

数十分程度の内容を本当に秘密裏に話したければ,電話で話せばよい。
それを,「存在を公開した密室」で行うには,それなりの意図があるはずである。

何でもかんでも突っぱねるような姿勢を国民に見せるのは得策ではないと判断したのか。
民主党との協調を見せたい福田首相から大きな交換条件を出されたのか。
さまざまな事項に関してキャスティングボートを握ったような状況に驕ったのか。

全く不明である。今後を見守りたい。

いずれにしても,政権交代を実現させるには,小沢氏は決然とした態度を保ち続けるべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年10月23日 (火)

[番外]地方だからと権力の横暴を許してはいけない。

瀬戸内海放送(KSB)という,香川県の地方局の報道ですが,これはどう見てもおかしな裁判でしょう。
高知白バイ衝突死 警察が証拠を「ねつ造」?
これだけ,学校関係者や地域住民に疑われていながら,地方のことだから大きな問題にはならないと警察庁などは考えているのでしょう。裁判所も,どう考えてもグルです。

地方を見下した権力の振る舞いに,強い怒りを感じます。

支援者による情報ブログ 「冤罪事件進行中」
被告男性本人のブログ 「雑草魂」

なお,私がこのことを知ったのは,きっこさんの「きっこのブログ」です。

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2007年10月22日 (月)

日本政府がミャンマー軍政に弱腰なのは外務省が軍政に手なずけられているからか?

昨日の「サンデープロジェクト」に,1995~1997の在ミャンマー大使を務めた山口洋一という人物が出演していた。

曰く,「デモはアメリカが扇動したものである」,「日本や欧米のメディアはミャンマー政府の言い分を報じない」,「デモにはそこらへんで僧衣を買った『にわか坊主』がたくさん参加している」,「スー・チー女史は国民から支持されていない」,「スー・チー女史は政策案などを持っていない」,「ミャンマーは順調に経済成長していて国民が貧しいということはない」など,軍政べったりの発言を次々と繰り出した。

これらすべてに反論できるような材料を自分は持っていない。

しかし,少なくとも軟禁状態に置かれているスー・チー女史に対して,積極的な政治活動をしないことを非難するような言い方や,ミャンマー国民が貧しくないなどという言い分は明らかに異常である。ついでに言えば,公の場で「坊主」などと口にすること自体,知性のある人物とは思えない。
また,実際にミャンマーに行った経験のある複数の知人等の情報によっても,国民は間違いなく貧しい。
農作物が比較的豊かなところであるから,確かに飢餓に喘ぐというようなことはないが,生活水準は,豊富な天然資源が国にもたらしているであろう利益がまともに分配されているとはとても思えないものである。
そもそも,元ミャンマー大使でありながら軍政を「政府」と呼ぶこと自体がおかしい。

軍政の強い圧力下にある国民が,あのようなデモを起こすには,もしかしたら何らかの外国勢力による扇動があったのかも知れない。しかし,国民の中に不満が蓄積していなければ,いくら扇動してもあのような規模のデモにはなり得ないであろう。

山口氏は,NPOアジア母子福祉協会の理事長として,ミャンマーへの無償資金協力に力を注いでいる。

元大使の経歴や現在の活動から考えて,山口氏の軍政擁護発言は,氏が軍政と持ちつ持たれつで利益を得ており,それを守るためと見るのが普通ではないだろうか。
また,元大使がこれなのだから,ミャンマーに関わる外務省関係者等も同様に軍政に手なずけられて,様々な利益を与えられて,現在の体制の維持に協力的なのではないだろうか。

確かに,軍による圧政下では,治安が維持されて民は貧しくともそれなりに安定した生活が保たれるという面があるかも知れない。民主化の過程では,様々な混乱もあるであろう。
しかし,それはミャンマー国民が選択することであり,1990年の選挙において,国民は軍政を否定する意志を表明したのである。

山口氏の言動に外務省や政府の姿勢が表れているのであれば,関係者の私益や省益を優先する考え方は捨てて,友好国たるミャンマーの真の国益を考えた行動をするべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年10月10日 (水)

小沢一郎氏の憲法解釈は間違っているのではないか?

月刊誌「世界」が,民主党代表小沢一郎氏の「今こそ国際安全保障の原則確立を――川端清隆氏への手紙」と題した一文を掲載した。
自分はこの文章を読んでいないが,「伊藤真のけんぽう手習い塾」というサイトから孫引きさせて頂けば,

「個々の国家が行使する自衛権と、国際社会全体で平和、治安を守るための国連の活動とは、全く異質のものであり、次元が異なるのです。国連の平和活動は国家の主権である自衛権を越えたものです。したがって、国連の平和活動は、たとえそれが武力の行使を含むものであっても、日本国憲法に牴触しない、というのが私の憲法解釈です。」

と小沢氏は述べているとのことである。

これは,「アメリカでならマリファナを吸って良い」というのと似た理屈ではないだろうか。

まず,自分の感情的な感想を言わせて貰えば,例え国連の平和活動に参加しての武力行使であっても,それは世界のどこかに日本に敵意を抱く勢力を生む行為であり,国連が絶対的な正義でない以上,そのような勢力によって日本国民が危険に晒されることは避けるべきだと思う。

そして,自分は法律の専門家ではないが,単純に考えて小沢氏の論理は間違っているのではないかと思う。
憲法第9条第2項には,

前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

とある。
「戦力を保持しない」のであって,無理はあっても自衛隊の装備はあくまで隊員自身および他の国民を守るためにだけ使用されるもの,つまり警察官の拳銃の延長のようなものという解釈によって,ぎりぎりで存在しているものだと考える。
つまり,元より国外で使用できるような戦力,武力はわが国には存在しないということだと理解する。

一国民が自らの意志で,国連や他国から供給される武器を持って平和活動に参加するのは,フランスの外人部隊に参加するようなものであって本人の勝手である。
しかし,自衛隊員が政府の命令によって自衛隊の装備を携えて,武力行使の可能性を許容した上で平和活動に参加するのは,自衛隊の装備を「戦力」に変えるものであって,憲法に明らかに違反する行為ではないかと思うのだが,どうだろうか。

なお,自分は政権交代を期待しているので,小沢氏には徹底した憲法遵守の姿勢を貫いて貰いたいと思う。

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2007年10月 9日 (火)

[番外]ミャンマー軍政による長井健司氏殺害は明らかに殺人行為です。

先刻,「報道ステーション」で,ミャンマーで殺害された長井健司氏が,銃撃された後に数時間にわたって放置されていたことを報じていました。
最終的に長井氏が収容された病院は,銃撃現場からわずか700mの距離だそうです。

軍政は銃撃を「偶発的な事故」としているそうですが,それならば銃撃後すぐに長井氏の手当てに当たるはずでしょう。
ビデオを見る限り,治安部隊側に危険が迫っているとは思えません。応急処置をしたり,病院へ搬送する余裕がなかったようには見えません。

当初,軍政は長井さんを撃った銃弾は心臓を貫通しており即死との情報を発していました。それは,銃撃後救助活動をしなかったことを正当化するための嘘でしょう。
肝臓を銃弾が貫通することがどの程度重大なことなのか私はわかりませんが,映像を見る限り,撃たれた後もかなりの時間,長井氏が絶命していないことを現場の兵士は認識していたはずです。

多数の民衆の中で,まっすぐ長井氏に走り寄って,警告もためらいもなく背後から銃撃していること,その後,まったく救助活動をする意志が見られないこと,ビデオカメラなどの不利な所持品を回収していることなどから,デモ現場を取材する長井氏を意図的に狙って殺害したことは明らかではないでしょうか。

警察や政府は,徹底的に厳しい態度でこの事件に臨んでもらいたいと思います。

それが,わが国と縁の深い友人であるミャンマーという国に,民主的な社会をもたらすことにつながるでしょう。
長井氏の死を無駄にしないためにも,私はそれを強く願っています。

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2007年10月 4日 (木)

ミャンマーで長井氏を殺害した犯人を徹底して捜査するべきではないか?

ミャンマーでデモを取材中に殺害された長井健司氏の遺体が日本に到着した。

司法解剖などが行われ,警視庁は国外犯規定を適用して殺人容疑で捜査するとのことである。

長井氏が銃撃された瞬間を捉えた動画が出回っているが,それを繰り返して見る限り,長井氏を銃撃した兵士は,比較的遠い位置から長井氏を目指して駆け寄って,ためらうことなく背中から至近距離で射撃している。
また,その前に長井氏の目前で兵士が僧侶を引き倒してそれを長井氏が撮影しているようにも見える。

これだけでは詳細は推測できないが,少なくとも「はずみで」撃ってしまったようには見えず,射撃の数秒以上前から兵士には明確に撃つ意志があったように見える。
兵士の一存なのか,現場指揮官の命令なのか,またはもっと高いレベルからの命令なのか不明であるが,殺害を意図した射撃であった可能性は極めて高いと言える。

日本国民の安全を守る警察としては,この犯罪性の高いと思われる事件を,外交的な思惑とは一線を画して徹底的に捜査するべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

なお,今のところ警視庁は厳しい捜査を行う姿勢のようであるので,大いに期待したい。

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2007年10月 3日 (水)

円天...巧妙な犯罪には重い罰を科すべきではないか?

「円天」商法という,ちょっと考えればおかしいとすぐわかりそうな手口で荒稼ぎしていたL&Gという会社が,出資法違反の疑いで強制捜査を受けた。

同社の会長は,いろいろとこの手の方面に才能があるようである

他人に比べて何らかの優れた能力がなければ,やろうと思ってもこれだけのことはできないであろう。

自分は,他人より優れた能力を持ち合わせた者は,それを社会に貢献するために使わなければならないと考えている。
逆に,自らの利益のためにそのような能力を使う者には強い憤りを感じる。

このような巧妙な犯罪に対しては,拙い犯罪よりも厳しい罰を科すべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年10月 1日 (月)

2005年の選挙で郵政民営化賛成票を入れた人は今でも賛成できるのか?

いよいよ郵政事業が民営化された。

持ち株会社である「日本郵政株式会社」のWebサイトの中の,「郵政民営化Q&A」というページに,以下のような記載がある。

Question 1. 民営化の目的は?
Answer. 経営の自主性、創造性、効率性を高めるために民営化しました。
民営化によって新たな商品・サービスが提供可能になり、利用者の利便性が向上しました。また、郵便局に預けられた資金などもより自由な運用が可能になるため、経済の活性化にも貢献できます。

「経済の活性化」よりも「利用者の利便性」を先に挙げている。
これは「まやかし」以外の何物でもないであろう。

「経済の活性化」(の名を借りた米国貢献?)は第一の目的であったはずである。「利便性」は低下が予想されることが反対派の理由だったはずである。

郵便局の統廃合はすすみ,各種手数料は値上げされ,外出しにくい高齢者などのために配達員が行っていたサービスはできなくなり,Webサイトも分割されて必要な情報のありかがわかりにくくなり,通常貯金の政府保証はなくなり,郵貯マル優もなくなり,,,と,今のところ利便性は上がったとは思えない。

国民に対する「民営化の理由」の説明は,正直に「経済の活性化」を第一に挙げるべきであろう。

しかし,「経済の活性化」は,果たして米国だけの利益でなく日本国民の利益をもたらすのか,全く不明である。

かつて,2005年の郵政解散後の選挙の際に与党に投票した人たちで,自らが郵政民営化を支持した理由を明確に説明できる人は少ないのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年9月29日 (土)

日本はミャンマー国民のために経済制裁措置を取るべきではないか?

ミャンマーで続いている大規模なデモを取材していたジャーナリストの長井健司氏が,軍の兵士に至近距離から銃撃され死亡した
誠に遺憾な出来事であり,氏のご冥福をお祈りしたい。

この事件を受けて,米国や欧州が経済制裁強化の方向にある中,わが国の政府は制裁に慎重な姿勢である。

しかし,在日ミャンマー人からも制裁を求める声が上がっているそうである。

自分は,昨年の2月にミャンマーに関する記事を書いたように,ミャンマーにはやや強い興味を持っている。

ミャンマーは,1988年に軍が政権を掌握して以来,。1990年に総選挙でアウン・サン・スー・チー女史率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝しても政権を委譲せず,正常な政府が成立しないまま軍が政権を握って今日に至っている。アウン・サン・スー・チー女史は2003年に軍に拘束されて自宅軟禁状態のままである。

そのような状態のミャンマー軍事政権に対して,民主化を求めて各国が経済援助を凍結したり経済制裁を行ったりする中,わが国は多額の援助や輸入を行っている。

外務省の政府開発援助(ODA)国別データブック 2006ミャンマーの項によると,2005年度のODA実績は,「無償資金協力」が約17億円,技術協力が約16億円である。また,輸出入の対日収支は約120億円の黒字である。
また,2003年にアウン・サン・スー・チー女史が拘束されてからは,新規の経済協力案件については基本的に見合わせるとされているが,「緊急性が高く,真に人道的な案件」などについては実施されており,2003年以前より実施している案件は継続されている。

ミャンマーは,アジアの近隣国の中でもわが国とは縁の深い国であり,外務省に言わせれば「だから今の状況でも援助を続けている」ということだが,本当に援助等がミャンマー国民のためになっているのだろうか。
それを言い訳にして,外務省が予算を獲得したり,一部の企業が利益を得ることが真の目的になってはいないだろうか。

ミャンマーには正式な政府が存在せず,軍が暴力で政権を握っているにもかかわらず,近年はマスコミでも「ミャンマー政府」という言葉を使っているのをよく見かける。
また,近年では,軍事政権が外貨獲得のために力を入れている外国人旅行者受け入れ態勢の強化に乗って,旅行会社によるミャンマーへの観光ツアーも当たり前のように行われている。
「ミャンマーは軍が暴力で政権に居座っている非民主的で異常な国」という認識を持つ日本人は,少なくなっているのではないだろうか。
それは,ミャンマー軍政やわが国の外務省や一部企業の思う壺ではないだろうか。

ミャンマーでは軍の高官や軍と癒着した一部の企業に富が集中し,他の国民は極めて貧しい状態に置かれているようである。

日本政府は,ミャンマーを真の友人と考え,その国民の幸福を真に願うならば,わが国からミャンマーへ流れるカネや技術については確実に国民に届いているかを確実に確かめ,そうなっておらず軍政の利益になっている部分については積極的に削減する制裁措置を取るべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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お玉おばさんでもわかる 政治のお話 軍隊は国民を守らない
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2007年9月28日 (金)

日本人は消去法でしか政権を選べないのか?

福田康夫政権が発足した。
新聞各社の世論調査で,内閣の支持率は60%に近い数字となっている。
ある程度の情報操作・誘導の可能性を考慮しても,辞任前の安倍内閣よりかなり高いのは確実だろう。
政権交代を望む者から見れば福田氏は手強いとは思っていたが,予想以上のようである。

支持の理由は「安定感」が圧倒的に多い。

水はよどめばいずれ腐る。
長すぎた自民党支配により,澱(オリ)が溜まっており,もう流し去らなければいけないのではないだろうか。
終戦によりある程度リセットされた日本が,権力の固定化により,「得をする者」と「損をする者」も固定化し,社会の健全な発展が妨げられているのではないだろうか。

民主党が勢いを得る前,「損をする」立場でありながらそれを知ってか知らずか,極端な変化は求めずに消去法で自民党政権を選択していた多くの人たちが,福田氏の「安定感」に「やはり自民党」という感を持ったのだろう。

しかし,今,澱を流すための「真の改革」を行うチャンスではないだろうか。
小泉氏が言ったように,確かに改革には「痛み」を伴う面があるだろう。しかしその痛みを一部の人たちだけに押しつけるのではなく,社会全体で分かち合わなければならないのではないだろうか。

政権交代すれば自民党も痛む,民主党が政権を取ったとしたら,登り詰めれば転げ落ちるのはあっという間なのでそれを防ぐために痛む必要がある。国民も,政権担当能力が未知数の民主党に任せるのはリスクという痛みを受け止めなければならない。

多くの国民は,今与えられている痛みに慣れてしまって,違う種類の痛みに対して臆病になり,消去法で政権を選んでしまうのかも知れないが,実はもっと痛みを減らせる可能性があるのではないだろうか。

日本人は,消去法で政権を選択するのはやめて,積極的に,主体的に,一般国民の替わりに社会を運営する人たちを選ぶべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年9月25日 (火)

自民党総裁選で国民が得たものは何か?

自民党総裁選について何度も書いてきたが,これで最後にしたい。

総裁選は,福田氏の予想通りの勝利,麻生氏の予想以上の健闘という結果で終わった。

一方,国連の気候変動ハイレベル会合が国連本部で24日開幕した。
読売新聞によると,70人以上の首脳を含む世界約160か国の代表が出席し,日本からは森喜朗元首相が急きょ,特使として派遣されたとのことである。また,25日には国連総会も開会し,日本からは3年連続で首相が欠席するとのことである。

自民党総裁選は,当初19日投票で調整されたが,小泉チルドレンなど多くの反対に会って23日になった。
結果論とも言えるが,総裁選が19日から23日になったことで,何が変わったのだろうか。
特に,一般国民に何のメリットがあったのだろうか。

一番大きな違いは,麻生氏が次期総裁候補としての自らの存在感を大きく示せたことだろう。それにしたって,麻生氏の年齢や民主党の勢いを考えたら,後になって本当に意味があったと言えるかどうかわからない。
得をしたのは,「派閥談合」の批判に対して形式上の反論材料を作れた自民党と福田氏,それと麻生氏ぐらいであろう。

膨大な税金を費やして国会を空転させ,自民党総裁選を行い,全人類の存亡に関わる国際会合に先進国でありながら首相を送れず,国連総会にも送れず,日本の国際的地位を低下せしめ,国民にとってはデメリットしか残らなかった総裁選ではなかったかと思うのだが,どうだろうか。

なお,安倍首相の辞任表明のタイミングに関しては不可解との論調が多いが,本人が辞任表明で話した内容の内,タイミングに関する内容は唯一国連総会に関してである。遅すぎた辞任表明ではあるが,それでも安倍首相は温暖化の会合と国連総会には首相を送るべきと考えた上でのギリギリのタイミングだったと思われる。自民党はその意志をも無駄にしたと考える。

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2007年9月23日 (日)

『WE法』を『家庭だんらん法』と呼ぶことで国民を騙せるのか?

旧聞になってしまったが,時事通信の記事によると,

舛添要一厚生労働相は11日の閣議後記者会見で、一部事務職を割増賃金の支払い対象から外す「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション制度(WE)」について、「名前を『家庭だんらん法』にしろと言ってある」と言い換えを指示したことを明らかにした。その上で、「残業代が出なければ、早く帰る動機付けになる」と評価、働き方の改革の一環として取り組む考えを示した。

とのことである。

ホワイトカラー・エグゼンプションは,表向きは働き方を働き手の自由に任せるということであって,単純に残業代が出ない,すなわち,これまで常態的に残業をしていた人の収入が減るということではなかったはずである。これが,「残業代ゼロ法」と呼ぶことへの反論だったはずである。
しかし,桝添大臣の言っていることは,「働いても報酬がもらえないのなら早く帰ろうということになる」ということである。
つまり,「この法の下では残業をしても報酬は出ませんよ」と言っているわけであり,まさに「残業代ゼロ法」であることを公然と認めたことになる。

このような「脇の甘い」姿勢で,単に呼び方を変えるだけで国民を騙そうとするとは,いかにも国民をバカにした話であり,いくら何でも国民はそんなことには騙されないのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年9月21日 (金)

光市・母子殺害事件犯人の死刑を望む資格があるのは誰か?

光市・母子殺害事件の裁判で,被害者本村弥生さんの夫である洋さんの意見陳述が行われた。
改めて死刑を望むものであり,被害者の感情としては理解できるものである。

世論も遺族に同情的のようである。
しかし,第三者がこの犯人に対して軽々に死刑判決を望むことには疑問を感じる。

自分は今のところ,ゆるやかな死刑反対論者である。
すぐにとは言わないが,徐々に死刑は廃止に向かうべきだと思っている。
いろいろ理由はあるが,ひとつは,「死刑を執行する職務」を必要とすることである。そのような職務に自分は絶対に就きたくない。誰もが誇りや充実感を持って仕事をできるような社会であるべきだと思うので,死刑執行など誰もやらなくて良いような社会であって欲しいと思う。

死刑に賛成する人は,それを執行する人が必要であることを考慮するべきだと思う。

自身と無関係の事件の犯人に死刑を望むなら,目の前にその犯人を連れてこられて,「おまえの手で殺せ」と言われて実行できるだけの覚悟を持つべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年9月18日 (火)

[番外]税金泥棒と言われても首相臨時代理を置かない自民党

民主党に,

「国民から税金泥棒と言われそうだ。首相臨時代理を置いてでも粛々と(審議を)進めるべきだ」

言われても,安倍首相(本当に本人の意志かどうかはわかりませんが)は,首相臨時代理は置かないとのことです。

昨日のNews23に,自民党議員と野党議員が4人ずつ出演して総裁選について議論していました。そのとき,民主党の原口一博氏が,「私は総裁選について議論したいのではない。多くの税金を使って国会を止めている。首相臨時代理をなぜ置かないのか。」と迫りましたが,司会者も自民党議員も無視しました。

この頃は,報道番組もエンタテイメント化が著しいですね。もっと社会的責任を自覚して欲しいものです。

どうせ結果は決まっているのだから,明日にでも首班指名選挙を行ってもらいたいものです。

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2007年9月17日 (月)

[番外]高松での自民党総裁選街頭演説

自民党総裁選に出馬している福田氏と麻生氏が大阪と高松で街頭演説を行いました。

これは,税金を使った選挙運動でしょう。「選挙」とは総裁選ではなく,遠からず行われるであろう総選挙です。
大阪や高松で行う演説など,総裁選の結果に何の影響もありません。福田氏勝利は確定しています。
地方イジメで痛い目にあった参院選を反省して,少しでも地方の機嫌を取るのが目的でしょう。自民党に対するイメージを少しでも良くして,次の選挙で票を集めようということでしょう。参院選で,これまで保守盤石だったのに安倍首相が乗り込んでも負けた高松に始めに行ったのも象徴的だと思います。

福田氏が総裁になるのは,自民党にとってかなりプラスだと私は思います。国民が,この総裁選のおかしさに気付かず「オープンな選挙で選ばれた」と評価して,さらに自民党の評価が上がったとしたら,これほど腹立たしいことはありません。

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2007年9月16日 (日)

[番外]しつこいですが自民党総裁選について

しつこいですが,どうにも腹の虫が治まらないので,もう一度書きます。

安倍首相は,

今後、このテロとの戦いを継続させる上において、私はどうすべきか、むしろこれは局面を転換しなければならない。新たな総理のもとで、テロとの戦いを継続をしていく、それを目指すべきではないだろうか。きたる国連総会にも、新しい総理が行くことが、むしろ局面を変えていくためにはいいのではないか。
そしてこのうえは、政治の空白を生まないように、なるべく早く次の総裁を決めてもらいたい、本日からその作業に入ってもらいたいと指示をいたしました。

と辞任会見で述べました。

「テロとの戦い」は対米追従のためで,真の国際貢献ではないとか,国民のことに触れていないなどと批判はあります。しかし,一応,公のことを辞任の理由に挙げています。しかも,なるべく早く次を決めろと言っています。

それに対し,麻生氏はどうか。
「自民党のため」しか出馬の理由を挙げていません。そのために国連総会にも首相を送れないのです。国民はこれを許してはいけないと思います。

マスコミや国民は,福田vs麻生についていろいろ論評しています。くだらなくて見ていられません。もう勝負は決しています。しかも,どうせ選挙管理内閣です。いかに次の選挙を自民党に有利に持って行くかしか,次の首相は考えません。彼らの政策が云々など,大して意味は持ちません。

今はとにかく,政治空白を最小限に留めることを優先するべきです。

もう時間はあまりありません。
私は,自民党民主党社民党,共産党(info@jcp.or.jp),公明党などに上のような意見を送りました。
あとはマスコミなどにも送ろうと考えています。
こんなことは何の力にもならないかも知れませんが,せずにはいられません。

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2007年9月15日 (土)

政治空白をつくる自民党総裁選を誰も疑問に思わないのか?

前回の記事でも書いたが,自民党のために政治空白をつくる総裁選やその日程はおかしいと思う。
しかし,そのような論調はほとんど見られない。
毎日新聞によると麻生氏は,

今日から政策について開かれた場で論争できる。たった一晩で(福田氏支持の流れが)派閥ででき上がりすべてが終わったとなると、全く古い自民党から変わらないと非難にさらされる。私が劣勢だからと降りたら(自民党は)終わる。

と語ったそうである。自分も,実際に本人がそう言うのをテレビで見た。

自民党が終わる?,だからどうなんだと自分は思う。

安倍首相は辞任表明会見で,

きたる国連総会にも、新しい総理が行くことが、むしろ局面を変えていくためにはいいのではないか。

と述べた。(毎日新聞より)

安倍首相の辞任表明は突然であり,そのタイミングにいろいろ批判は多いが,少なくとも上のコメントからは,国連総会に間に合わせようという意味が含まれていたことがわかる。

それにも関わらず,福田氏が勝利することが誰の目にも明らかである総裁選を,自民党への批判をかわすためだけに国連総会に間に合わない日程で行うことを,日本国民は許して良いのだろうか。
今すぐにでも,福田氏を新首相とする手続きを始め,組閣も済ませて少しでも多く準備の時間を取って国連総会や地球温暖化に関するミーティングに臨み,国会の開店休業も一日でも短くしたとして,国民はそれを,国連総会などを欠席しても,国会を長く休んでも,選挙の結果はわかっていても,「密室政治ではなく選挙をやるべきだった」などと本当に批判するのだろうか。
もう結果は出ているのである。「密室政治」だとしたら,選挙をやってもやらなくてもそれは同じである。

なぜ,国民はこの点を疑問に思わないのだろうか。マスコミはおもしろおかしく総裁選を報じるだけで満足して,この国の国際的な立場などどうでも良いのだろうか。

自分は微力ではあるが,自民党のWebサイトの意見募集のページから上の意見を送った。麻生氏にも意見を送る手段があるなら送ろうと思っている。

国民は,「政治なんて所詮そんなもの」と思っているのだろうか。本当にそれで良いと思っているのだろうか。もしそれがおかしいと思うなら,もっと声を上げて行かないと何も変わらないのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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次期総裁は福田氏が確実な以上自民党は総裁選日程を繰り上げるべきではないか?

福田康夫氏が自民党総裁選出馬を表明し,麻生氏も出馬するそうだが額賀氏は断念し,一騎打ちとなった。しかし,読売新聞によると,

福田氏への支持は、国会議員だけで選挙人の過半数を超える見通しで、福田氏の新総裁就任が事実上、固まった。

とのことである。
要するに,麻生氏は「民主的でオープンな選挙で総裁を決めた」というアリバイ作りのためだけの当て馬である。

麻生氏は,自民党の両院議員総会で自ら,「税金を使った国会会期中だから,自民党の都合で総裁選に多くの時間を費やすのは適当ではない」という旨の発言をした。
そのように考えるならば,今の情勢を見れば,自民党の都合のためだけの出馬は止めるべきではないだろうか。

投票日は23日である。当初,執行部は19日投票を提案したが,この毎日新聞の記事にあるような「小泉チルドレン」らの反対に遭い妥協した。
自身らが次の選挙で勝ち残るためだけに,どう考えてもあり得ない小泉氏再登場を望む「小泉チルドレン」等のせいで,投票日が遅らせられ税金を無駄に使うことになった。ちなみに彼らは,小泉氏が出馬を否定して迷走するという,どうしようもない状態である。もう見苦しく福田氏にすがる以外のことはできないだろう。

9月25日には国連総会が始まる。やはり毎日新聞によると,

与謝野馨官房長官は14日午前の記者会見で、ニューヨークで25日に始まる国連総会の一般討論演説について、「(23日に投開票される自民党)総裁選の日程をみると、今年は首相が出席することはかなわないと判断している」と述べ、新首相は欠席するとの見通しを明らかにした。24日に国連で開かれる地球温暖化防止に向けた首脳級ハイレベル会合も欠席する。

とのことである。

何をか言わんや,である。

安倍首相は,「国際公約を果たすために」また「国際貢献のために」,「局面を転換」しようとして辞任するのではなかったのか。
国連総会や温暖化防止のミーティングに首相を送れないような日程で総裁選を行うのは,国際的な責任を放棄することである。両院議員総会で山本一太氏が,「自民党の存亡のかかった総裁選だから選挙期間を長く取るべきだ」と声高に主張していたが,そんな理由で国際的な責任を放棄するなど,安倍首相の意志すら無にするものではないのか。

もう福田氏の勝利は確定である。何のために選挙を行うのか。そのために国連総会を欠席し,国会を中断するのである。それに相応しい理由があるはずはないだろう。完全に選挙のための選挙ではないだろうか。

自民党は,国連総会に次期首相を送り出すべく,選出と組閣が間に合うような日程に総裁選を繰り上げるべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

[記事作成時または作成後にTBさせて頂いたブログ]
日本がアブナイ! 福田出馬で、麻生包囲網が完成か?・・・森派の逆襲、始まる!+女子バレーアジア女王に
お玉おばさんでもわかる 政治のお話 麻生・福田・額賀
みやっちBlog 改革を止めずして小泉改革の負の部分をケアできるのか

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2007年9月13日 (木)

[番外]ポスト安倍候補

単なる感想なので番外です。
福田さんですか,なるほど適任だと思いますね。
この状況で,あえて貧乏くじを引いてもらうには,裏方で終わるはずだった福田さんに一肌脱いでもらうのはいい案のように思います。
額賀さんはまあいいとして,谷垣さんは今出すのはもったいないでしょう。
麻生さんは成り行き上出ざるを得ないでしょうが,「できれば今やりたくないけど,年齢や民主党の勢いを考えたら,最後のチャンスかな」というところがホンネではないでしょうか。
それにしても,小泉さんの再登場を望む小泉チルドレンたちは,どこまでも間の抜けた人たちだと思います。あり得ないでしょう。「親の心子知らず」でしょうか。
参院選惨敗に一役買った自爆ビラを作ったのも片山さつきさんですし。まあこれは,「自民党をぶっ壊す」という親の意志には沿ったものかも知れませんが。
小池百合子さんも,まさに「KY」ですね。

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2007年9月12日 (水)

[番外]安倍首相辞任の怪

今のところでは何が何だかわからないので,特に書くことがないので番外としました。
病気だの脱税だのとの話もありますが,少なくとももう少し時間が経たないと,何もわかりません。

まあ,安倍さんも哀れな人ではあると思います。
立派な血統書が付いているのに,若くして小泉さんに引っ張り出された結果がこれですから,余程数奇な運命の星の下に生まれた人なのでしょう。

「自民党をぶっ壊す」と豪語して総理の座に就いた小泉氏の一念が,着々と形になっているということでしょうか。

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日本で懸命に働くフィリピン人がわが国に益をもたらすのは『一応確からしい』ことではないのか?

TBSのNews23の「マンデープラス」というコーナーで,昨日(9/10),「日本とフィリピン二つの国のはざまで…少女の思いは…」という企画が放映された。
その内容は,matsuiism さんのブログ heuristic ways の記事に詳しいが,概略は以下の通りである。

1990年に興行ビザでダンサーとして来日したフィリピン人女性(当時19歳)が,半年働いて1万円しか貰えず,そのままビザが切れた後も滞在し,フィリピン人男性との間に2人の女の子が生まれた。
父親は3年前に不法滞在で強制退去となり,母子3人は日本滞在を希望して裁判に訴えてきた。しかし,最高裁でも認められず,今年退去させられた。今の法律では,今後5年間は再入国できないそうである。
テレビで見る限りではあるが,母親は子供のために懸命に働き,14歳と8歳の娘も,利発そうでよい子供に育っているように見える。
娘たちは日本の生活しか知らず,下の子は保育士になるのが夢で,上の子は早大人びて,「日本に帰りたいとは思うし,勉強も頑張りたいけど,5年後には世界がいろいろ変わってるだろう。日本語は喋れるし,英語もタガログ語もペラペラだったらすごいな」と将来を語る。

自分は,基本的に「悪法も法なり」の立場である。不法なものは不法であり,ひとつ許したらきりがないと思う。

しかし,である。
年金問題で,保険料の納付記録がなくても,本人の説明が「明らかに不合理ではなく,一応確からしいこと」であれば,給付を認めることとなっている。
こんないい加減な取り扱いこそが,「明らかに不合理」であると,自分は思う。
しかし,現実にはそのようなことがまかり通っている。

そこまで柔軟な姿勢が政府にあるのであれば,件のフィリピン人家族についても,もっと柔軟な取り扱いができるのではないだろうか。
母親はすでに真面目に働いているし,その子供達も,将来,優秀な社会人になることは有望である。この人たちが日本に住むことを許し,日本の社会人として働いて納税してもらうことは,十分に日本の国益に適うであろうという判断は,「明らかに不合理ではなく,一応確からしいこと」以上ではないだろうか。

先にも書いたとおり,自分は「悪法も法なり」という立場,つまり,社会システムはシンプルで一貫したものであるべきだと思ってきた。
しかし,社会が成熟すれば,ある程度臨機応変に対応する複雑なシステムでも良いのではないかとも思い始めた。

件のフィリピン人家族は,結局,フィリピン人女性を低賃金で働かせる風俗業界,そこに喜んでカネをつぎ込む日本人男性,その状態を放置してきた日本の行政,これら日本社会の被害者でもある。年金の保険料を払ったのに記録が消えてしまった人たちと,共通するものがあるのではないだろうか。

年金問題で,あのような柔軟な対応を取れるのであれば,不法滞在外国人に関しても,ケース毎に柔軟に対応することができるのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年9月10日 (月)

日本国内閣総理大臣は誰の代表なのか?

安倍首相が,テロ特措法に基づくインド洋での海自による給油活動の継続に「職を賭して」取り組むと発言した。
その理由は,「国際公約だから」とのことである。「国際」と言っても実質的に対アメリカである。
また,国会の所信表明演説で,
ここまで厳しい民意が示されたのだから、退陣すべきとの意見もあることは十分承知している,
とも述べた。

つまり,
「退陣すべき」との民意に逆らって「米国と約束」をして,それが実現できなければ責任を取って辞める覚悟である,
ということである。

これは,安倍首相が「自分は米国追従により利益を得る一部の国民だけの代表であり,対米外交で強みとなるカードを使いこなして一般庶民が幸福になれるような外交をする意志または能力がない」と公言しているのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年9月 9日 (日)

北朝鮮水害への緊急支援見送りは国として“美しい”行為か?

毎日新聞によると,

政府は7日、集中豪雨で被害を受けた北朝鮮に対し国連が国際社会に求めていた緊急支援(総額約16億円)を実施しない方針を固めた。5、6日にモンゴルのウランバートルで開かれた日朝国交正常化作業部会で拉致問題に進展が見られなかったことから、性急な支援は国民の理解を得られないと判断した。

とのことである。

北朝鮮では,8月の豪雨で数百人が死亡または行方不明となり,数万戸の住宅が損壊し,農地も多くが被害を受けているとのことであり,国連が1400万ドルの支援拠出を国際社会に要請している。

北朝鮮とわが国の現在の関係は周知の通りであり,支援が適切に被害者に届くかどうかも怪しいとも言える。
しかし,それでも,本当に国民は「北朝鮮の水害被害者を放っておけ」と言うのだろうか。確かに一部の国民はそういうであろうが,北朝鮮の被害の現状を十分に伝えれば,日本人の国民性として,「それでも放っておけ」という人は少ないのではないだろうか。拉致に関して,一般の貧しい国民に罪は無いはずである。

安倍首相が何としてもやりたいことについては国民の声など聞かないのに,それ以外のことはできるだけ国民,中でも些細な要因でどちらにも転ぶ浮動票層に迎合して少しでも反発を和らげようとしているだけでなないだろうか。

拉致問題に真摯に対応しない金正日を信奉する国民など,水害で病死しようが飢え死にしようが構わない,というような考え方をするような国は,「美しい」とは全く言えないのではないかとおもうのだが,どうだろうか。

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[番外]わが国と石油確保と米国に関する田岡俊次氏の弁

9/8放送の,CSチャンネル朝日ニュースターの「愛川欽也パックインジャーナル」で,軍事評論家の田岡俊次氏が,以下のようなことを述べておられました。

米国に逆らうと,中東からの石油の輸入に支障が出るというが,そんなことはない。
中東は石油を売りたいのであって,米国が経済制裁などで邪魔をしている。
イラン・イラク戦争では,米国は石油資源確保のためにサダムフセイン率いるイラクを支持しろと他国に言い,湾岸戦争では同じ理由で,今度はフセインを攻撃しろと言う。
米国は,他国の支持を得るために石油のことを言っているだけで,事実ではない。

他にも,

インド洋上の艦隊はタリバン勢力などの逃亡を監視するものであり,タリバンが勢力を増している現状では意味がない。

とか,

日本がアフガニスタンから撤退しても,米国政府がそれに反発すると,アフガンでの活動に否定的な意見が多くなって来ている米国議会から,「ほら国際社会で孤立しているではないか」と言われるので,「ご苦労様でした」と送り出すしかない。

などと述べておられました。

私は現在,これらについてどうこう言うことはできませんので紹介に留めますが,田岡氏の論には説得力を感じました。

いずれにしても,この番組は面白いです。CS放送では他にも,政府に気を使う地上波とはひと味違った番組が多いのでおすすめです。

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2007年9月 6日 (木)

米国に向かうミサイルを偶然捉えて撃墜できるのか?

安倍首相が,集団的自衛権の行使を許容するべき理由として,「米国に向かうかも知れないミサイルを自衛隊が捕捉したときに見過ごしてもよいのか」という例をよく挙げる。

4隻しかないイージス艦と,首都圏防衛のみを目的とする地上配備ミサイルだけのMDシステムで,日本の防衛のみを目的とした活動中に偶然に捉えた「米国に向かうかも知れないミサイル」を撃墜できる可能性がどれほどあるのだろうか。
そのようなことが実現する可能性があるのは,ミサイル発射の兆候を米軍が捉えて,予めイージス艦がミサイルのコースを予測して準備していた場合くらいではないだろうか。

つまり,自衛隊が米国に向かうミサイルを撃墜するのは,集団的自衛権の行使ではなく,完全に米軍と共同行動を取る場合ではないだろうか。

北朝鮮のテポドン発射を機に導入が推進されたMDシステムだが,北朝鮮が日本にミサイルを撃ち込む可能性が本当にあるのだろうか。
それよりも,米国の,将来的に北朝鮮に対して武力行使する場合を想定した,米国本土に届くようなミサイルに対する対策を少しでも強化しておきたいという思惑が,MDシステム導入の理由ではないだろうか。
そうだとしたら,MDシステムを集団的自衛権の名の下に米国へのミサイル撃墜に使えるようにすることは,単に米国の軍事費を1兆円肩代わりすることになってしまう。

集団的自衛権の行使を容認することは,「仲間が危険なときに助ける」というような美しい精神論の実践や,全世界に対する国際貢献などではなく,日本の税金をつぎ込んで自衛隊を米軍の手先とし,日本国民を危険に晒すだけではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年9月 5日 (水)

[番外]私が医者不信になった訳

先日,
診療を拒むという医師法違反行為に罰則を設けるべきではないか?
という記事を書いたところ,医師に対する偏見があるのではないかとの指摘を受けました。
確かに,ある程度偏見があるかも知れません。私は,医師や医療業界に対して多少不信感を持っています。
最初に私が不信感を持つようになったいきさつは以下の通りです。

高校生の時,ある関節に長期間にわたって痛みがあり,整形外科に掛かりましたが,「レントゲンで異常なし」とのことで湿布を処方されただけでした。
私はスポーツをやっており,いろいろな痛みを経験していましたが,通常の痛みではないと思い,大きな書店で医学書をいろいろ見てみたところ,ほぼそれと確信できる傷病を見つけました。
その後,3,4件の病院を回りましたが,診断は最初の病院と同じものでした。
しかし,最後に掛かった病院の医師が,特殊なレントゲンの撮り方をして骨の異常を見つけて,私がそれと思っていた傷病名を告げてくれました。症状の説明はどの病院でも同じように伝えたつもりです。
スポーツに起因する,やや特殊な傷病ではあったようです。私がそれを見つけた医学書も,スポーツによる怪我の専門書でした。

上のことから,医師の中にも,新しいことを積極的に学んだり,症状を訴える患者に対して全力で診断しようとすることをしない医師が結構いるのだと思いました。
その時点で医師に対する不信感を持ち始めましたが,その後も他に不信感を強める多くの出来事がありました。もちろん,数は少ないですが,信頼できる医師もいました。

私も技術・科学に携わる身でありますから,医療も科学であるので当然限界があることはわかりますし,またすべての医師がDr.コトーのような天才医師でないこともわかっています。だからこそ,「医は仁術」であり,目の前の医師が全力で診断・治療に当たっていることが患者に伝わることが必要なのだと思いますが,そのような医師はかなり少ないと思います。

これを私は偏見ではないと思っていますが,偏見は自覚できるものではないですから,私には真相はわかりません。

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2007年9月 4日 (火)

「ゆとり教育は悪」なのか?(その4)

産経新聞によると,

文部科学省は31日、中学校の学習指導要領の改定について、(1)現在の1週間の授業時数を1時間増やし29時間にする(2)自由に授業科目を設定できる「選択教科」と教科横断的な「総合的な学習の時間」(総合学習)を削減(3)国語や数学などの主要教科の授業時数を1割増やす-とする素案をまとめた。これによって小学校と同様、批判の多かった「ゆとり教育」が転換されることとなる。

とのことである。

ここでは,これまでに以下の3つの記事を書いた。
「ゆとり教育は悪」なのか?
「ゆとり教育は悪」なのか?(その2)
「ゆとり教育は悪」なのか?(その3)

今回の文科省の方針にも疑問を感じる。
こんな小手先の制度変更に時間とカネを費やすよりも,もっと教員の質や教育環境の改善に努めるべきではないだろうか。

教員の質といっても,愛国心を教えたり国家を歌うことなど二の次であり,まずは生徒にきちんと授業を理解させる能力が重要である。

大学の教育学部では,自分の知る限り,小難しい教育理論は教えても,授業のテクニックはほとんど教えられていない。学生は,教育実習で初めて学ぶのではないだろうか。まして,他の学部で教職課程を履修して免状を取る者はほとんど教育者としての教育を受けないであろう。
教員養成課程を持つ大学もあるが,たいした数ではないし,どのような教育をしているのか自分は知らない。
にもかかわらず,小学校や中学校では,大学を出たばかりの新人がベテランの教員と同じような仕事をさせられる。こんな業種は珍しいだろう。

小学校や中学校で,国語や算数を教えるプロを育てる教育をする大学をもっと増やし,新人はベテランについて助手として少なくとも2,3年は実践を学べるように教員の数を増やすとともに事務員も十分に雇って教員の雑用を減らすなど,カネも十分に使って教育の質を高めるようにしなければ,制度をいくらいじっても効果は薄いのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年9月 2日 (日)

診療を拒むという医師法違反行為に罰則を設けるべきではないか?

大阪で,出血した妊婦を搬送する救急車が,9病院に受け入れを断られ,結局妊婦は流産したというニュースがあった。

医師法第19条には,
診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。
と定められている。
しかし,これに対する罰則が定められていない。
すなわち,この条項は有名無実である。

罰則があれば,今回の事件のような場合,本当に「正当な事由」があったかどうかを警察が捜査して違反があれば罰を与えることができる。現状では,それはできない仕組みである。

繰り返される今回のような事件を防ぐためには,医師法第19条違反に対する罰則を定める必要があるのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年8月30日 (木)

新安倍内閣で地方活性化は行えるのか?

今日の読売新聞の特集記事で,安倍首相が増田寛也氏への総務相就任要請の経緯が記されていた。
電話で入閣を打診した際に,
「選挙の結果,地方の問題が大事だとわかったので,あなたの経験を生かしてもらえないか」と熱っぽく口説いていた。
とのことである。

これが事実かどうかはわからないが,事実であれば,選挙で負けるまで地方に溜まった不満に気付いていなかったのであろうか。
また,「地方の問題が大事」とは,よりよい国にするために大事なのだろうか,それとも選挙で票を集めるために大事なのであろうか。これまでさんざん都市と地方の格差を拡げておきながら,今さらこんなことを言うのは,票集めのためのように聞こえる。

いずれにしても,これまで,それなりの確たる方針に則って「地方いじめ」をしてきたはずである。選挙に負けたからと,急に対策を講じようとしても付け焼き刃で実効性の乏しいものとなるのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年8月22日 (水)

栽培員制度は必要なのか?

裁判員制度の導入準備が進められている。
「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」という法律が平成16年(2004年)に公布され,5年以内,すなわち平成21年(2009年)までに施行されることとなっている。

自分は,どういう経緯で裁判員制度が導入されることになったのか,よく知らない。

1995年の地下鉄サリン事件や,1997年の神戸連続児童殺傷事件(いわゆる酒鬼薔薇事件)のころからだろうか,犯罪の被害者に同情が集まり,併せて犯人に対する非難が高まり,それに伴って判決の確定が遅かったり,量刑が軽いという批判の声がよく聞かれるようになったように思う。
その後,1998年の和歌山毒物カレー事件では,ほぼ物証がないままに死刑判決が出されたり,2001年に起きた,大阪池田小事件では,犯人の死刑が確定した後,1年足らずという異例の早さで執行されるなど,厳罰傾向が高まる一方,世論の司法に対する批判が強くなっているように感ずる。

裁判員制度は,このような世論に対して,一般人を裁判に参加させることで判決に対する世論の批判をかわそうとするために導入されることになったのだろうか。

法務省の説明では,
裁判員制度の導入により,法律の専門家ではない国民の皆さんが裁判に参加し,国民の皆さんの感覚が裁判の内容に反映されるようになります。そして,それによって,国民の皆さんの司法に対する理解と支持が深まることが期待されているのです。
とされている。

しかし,自民党のWebサイト上の情報でも,「国民の参加意欲は必ずしも高くない」としており,世論調査などでも制度に対する疑問や参加に消極的な国民が多いようである。

自分も裁判員制度には反対である。
裁判員制度に限らず,現在のような複雑化した社会では,さまざまなプロフェッショナルがそれぞれの役割を果たす,分業化を進める必要があると思っている。
また,強制的に国のために働かせるのは憲法違反ではないだろうか。

なぜ,世論が積極的に賛同する状態とは全く言えないのに,3年前に法律で決めたからと無理に進める必要があるのだろうか。

裁判員制度については,今一度,世論に是非を問うて,中止も視野に入れて見直す必要があるのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年8月20日 (月)

民主党の政策を「バラ撒き」というが国民はもう待てないのではないか?

民主党が参院選で掲げたマニフェストの「3つの約束」の2つは,

安心して子育てできる社会。1人月額2万6000円の「子ども手当」を支給します。
農業の元気で、地域を再生。農業の「戸別所得補償制度」を創設します。

である。
これを「バラ撒き」と批判する論調がある。
確かに,言葉の選びようによっては「バラ撒き」と言えるかも知れない。しかし,これまでの政策は,利権を持つ一部の者たちにだけ税金を撒くものであり,それよりは遥かに良い政策ではないだろうか。

教育と農業,これらの状況の改善は「待ったなし」のところまで来ている。
農業は,団塊の世代を上限とする,第二,三次産業の働き手の親の世代が,どんどん働ける年齢を過ぎて行くので,後継者を確保しなければならない。
教育は,安倍首相がいくら理念を声高に叫んでも,生活が苦しければ聞くヒマはないし,もともと聞く気のない親も多い。人材は,何よりも大切にしなければならない国の宝である。人材の育成は常に「待ったなし」である。

自分は大都市に生まれ育ち,仕事の都合による地方での生活も長い。ある程度,両方の状況を知っているつもりである。
現在の地域格差は極めて大きい。
比較的大きな地方都市でも駅前の商店街はいわゆる「シャッター通り」のところが多いし,農家は低収入で後継者のあてもなく,惰性で続けているような人も多い。
東京都民などは,地方住民は生活コストが低いと思っているようだが,実感としては感じない。
公共交通がないからマイカーは必須で一家に複数必要な場合も多い。このコストは膨大である。最近は自動車保険の保険料も地域差があって,地方は比較的高い。運転できない高齢者はタクシーを使わざるを得ない。
市場が小さいから,家電品など高額な生活用品が割高である。
サービス業なども質が低いので,相対的に割高に感じる。
今はインターネットが発達して,モノやサービスの購入に関しては比較的改善されているが,使いこなすのはまだまだごく一部の人たちである。しかも,それで儲かるのは結局のところ大都市が主であって,地元の経済の足しにはならない。

前回の参院選では,従来保守的であった地方で与党候補が次々と負けた。四国全県で民主党候補が勝ったことなど象徴的ではないだろうか。

国民,特に地方の農家や低迷する経済にあえぐ人たち,また,地方に限らず全国の子育てをする人たちは,とにかくもう待てない状況であり,「改革の痛み」と言われても全く先が見えず,即効性のある政策を求めているのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年8月19日 (日)

インド洋に派遣されている自衛隊艦船の燃料調達先はどこか?

読売新聞によれば,

テロ対策特別措置法に基づいて2001年12月から海上自衛隊がインド洋で米英軍などの艦船に行っている給油、給水の費用が今年7月6日までで計約216億6043万円に上った

とのことである。
この財源は当然税金であるが,自分が気になるのは,給油するための燃料をどうやって調達しているかである。

防衛省の情報を見ると,一回の派遣は約4~6ヶ月に及んでいる。補給艦の積載可能量や米国の艦船の燃料使用量などは知らないが,国内で調達して,無くなったら帰ってくるという形なのであろうか。
そうであれば,一応,税金は国内企業に還元されているので,まだマシと言える。
しかし,アラビア海沿岸国で調達しているのならば,国内には全く還元されず,さらに何らかの形で米国企業にカネがまわるような仕組みになっているとしたら,単なる「無料ガススタンド」以上に米国に貢献していることになる。

メディアでは,自衛隊は「インド洋」に派遣されていることになっているが,実際に活動しているのはインド洋といってもアラビア海の沿岸であり,わざわざ海上で給油する必要性はないという話も聞いた(首藤信彦氏)。
その通りであれば,本来,自衛隊が派遣される必要はまったくなく,海外に自衛隊を派遣したい政府と,コスト削減と他国の理解を得ているという実績作りをしたい米国の意図のためだけに派遣されているわけである。

政府は,単に「民間企業と契約を締結して調達している」とだけ明らかにしているが,財源を負担している国民には,もう少し詳しく知る権利があるのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年8月18日 (土)

「ゆとり教育は悪」なのか?(その3)

以前にこのブログで,
「ゆとり教育は悪」なのか?
「ゆとり教育は悪」なのか?(その2)
という2つの記事を書いた。

読売新聞によると,

今年度中に改定が予定される小中高校の学習指導要領について、中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)は16日、基本方針を「ゆとり教育」から「確かな学力の向上」に転換した上で、自分の考えを文章や言葉で表現する「言語力」を全教科で育成していく方針を固めた。

とのことである。

「自分の考えを文章や言葉で表現する」力の育成は,まさに「ゆとり教育」の狙いのひとつであったのではないだろうか。
「詰め込み教育」によって,問題の正解を見つける力だけが優先され,自由に的確に自分を表現する力が養われないことが,「ゆとり教育」へ向かわせた反省点ではなかっただろうか。

自分は今でも,「ゆとり教育」の理念は正しいと思っている。ただ,実践する人達にその理念が正しく伝えられなかったのが反省点だと考える。

読売新聞も,紙媒体では冒頭の記事を一面トップに載せる一方,別の面で,

「ゆとり教育」について,文科省には「授業時間の短縮ばかりが強調され,『自分で考え,表現する力を身につけさせる』という肝心な理念が学校現場に伝わらなかった」という苦い反省がある。国際学習到達度調査で思考力や表現力の低下が顕著となる中,省内には「知識の詰め込み教育に戻してはいけない」という声が強い。今回打ち出された「言語力」は,表現力や思考力の重要性を改めて学校現場に浸透させるのが狙いだ。

と解説している。

すなわち,今回の基本方針変更は,あくまで「脱ゆとり教育」ではなく,「ゆとり教育を真に実現する」ためのものと捉えるべきであろう。

しかし,冒頭に挙げたような文面では,「脱ゆとり教育」と取られかねず,「詰め込み教育」への逆戻りを招きかねないと思う。
また,権力者の一部,もしかしたら大部分は,国民ひとりひとりが「考える力」を身につけることは好ましくないと考え,意図的にその妨害を謀ろうとするかも知れない。現在の「ゆとり教育」の失敗も,もしかしたらそのせいかも知れないと思うのは穿った見方に過ぎるだろうか。

今後,行政や教育に携わる人達,さらには子供を持つ持たないにかかわらず一般国民もすべて,文科省のねらいを的確に理解し,その実現のために努力して,これまでの「ゆとり教育」の失敗の轍を踏まないようにする必要があるのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年8月17日 (金)

[番外]自民と民主の大連立などあってはならない

自民党と民主党の大連立を望む声が一部にあるようですが,それはとんでもない話だと思います。

民主党が勢いを得た今,わが国,いいえ,日本国民の幸福を願う人達にとって,霞ヶ関と自民党が一体化している「戦後レジーム」から脱却する大きなチャンスでしょう。
安倍首相の目指す「戦後レジームからの脱却」は,霞ヶ関と自民党が一体化したままで,これまで霞ヶ関が優位であった状態を逆転させるという意味だと思います。
防衛次官のゴタゴタを見ても,自民党は自分たちに恭順な官僚を揃えようとしているのでしょう。
自民と民主の大連立など,その狙いを助けることにしかなりません。

政府と官僚が,真に国民のために働けるようにするためには,その癒着を断ち切って,政治家は国民の意思を正しく代弁するための,官僚は常に公正であるための緊張感を持つ状態にしなければならないと思います。
現在の体制で彼らが持っている緊張感は,自分の立場を守るためのものでしょう。個々人を見ればそうではない人も多いだろうとは思いますが,体制としてはそうなっていると思います。

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2007年8月15日 (水)

戦争を無くすことは可能か?

今日は62回目の終戦記念日,戦争に関連して亡くなられたすべての人々に心より哀悼の意を表したい。

終戦に当たり,永遠の戦争放棄を誓ったわが国であるが,地球上では常に戦火が絶えない。
戦争は国際政治の手段のひとつであり,国際的に全面的に禁じられてもいない。
言論で自らを主張する機会を与えられない人々は,武力に訴えるしかないということもある。

過去の戦争は,結局,歴史的必然であり,今からとやかく言っても仕方のない面がある。
しかし,将来に関してはどうだろうか。いつの日か,地球上から組織的な武力衝突が無くなる日は来るのだろうか。

個人的な動機により殺人を犯す人間は未来永劫,絶滅できないかも知れない。
異常な気質や突発的な感情の爆発による偶発的な殺人も完全に防ぐことは不可能であろう。

しかし,戦争は単なる暴力ではない。
正当な政治手段である戦争や,言論の限界を超えるための武力衝突の発生までには,多数の人間の理性が関与することができる。

強権的に一部の言論を封じ込めようとする権力者,武力を使ってでも自らの野望を達成せんとする者や,ましてや,金儲けに利用するために戦争の発生を望むような者を撲滅することは,僅かながらも可能性はあるのではないだろうか。

それを実現するためには,それを望む人々,および戦争が発生したときに利用されるだけの立場であることをまだ自覚していない人々が自覚し,適切な行動を取って行くことが必要ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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[番外]小池防衛相の「私は酔っぱらってない」

小池百合子防衛相が,守屋武昌事務次官と会談した後に報道陣に取り囲まれて,人事の話をしたのかと問われて,「私達は日本国の防衛をしているのであって,自己防衛をしているのではない」と話していました。
質問者はそこまでの言い方はしていないのに,自ら本心を語ってしまったようですね。

よく酔っぱらいが,聞いてもいないのに「オレは酔っぱらってないぞ!」などと言いますが,同じようなものですね。

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2007年8月14日 (火)

日本が「戦争のできる国」となるのは非現実的か?

安倍首相が「戦争のできる国」にしようとしている,と言う論調がある。
また,これを現実離れした物言いとする論調もある。
確かに,例え憲法九条がどのように変えられたとしても,わが国が単独で他国を侵略するようなことは当分の間はあり得ないだろう。
「戦争」というと先の大戦,太平洋戦争のイメージを浮かべる人が多いのだろう。あのような戦争は,今後まず起こりえない。

しかし,イラクに自衛隊が派遣されたことを考えるとき,日本からの派遣部隊が他国の部隊に協力して「集団的自衛」の名の下に戦闘を行うことは,現状と紙一重ではないだろうか。

それは確かに「戦争をしている」状態である。
そして,自衛隊の若い隊員の生命が失われる確率は非常に高くなるし,日本本土が爆弾攻撃などの標的になる可能性も高くなる。

例えば,先進国の複数が賛同せず,米国自身も反省の色が見られるような戦争のために,わが国の若者の生命がほぼ確実に複数失われるような事態を,日本国民は許してよいのだろうか。

自衛隊員が他国で一発でも銃弾を発すれば,それがすなわち「戦争」であって,それを許容するかどうかが,戦争の「できる国」か「できない国」の分かれ目ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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ヒゲの隊長は何様のつもりなのか?

やや旧聞であるが,8月7日に先日の参院選で当選した議員の方々が初登院した。
その中に,自民党比例区で当選した,元陸上自衛隊イラク先遣隊長,佐藤正久氏がいた。

佐藤氏は,集団的自衛権に関する政府の有識者会合が「駆けつけ警護」(味方である他国の軍隊が攻撃されたときに駆けつけて応戦するもの)を認めるべきという意見で一致したとの話を聞いて,

イラク派遣当時,もしオランダ軍が攻撃を受ければ,情報収集の名目で駆けつけ,あえて巻き込まれて,正当防衛・緊急避難の状況を作り出して,憲法に反しない形で実質的な駆けつけ警護を行うつもりだったと語った。
さらに,そのために「日本の法律で裁かれるのであれば裁かれてやろう」というつもりだったとも語った

これは極めて重大な発言である。
一自衛官が,明示的に認められてはいない活動を,法に触れる可能性を明らかに自覚していながら,自身の判断で部隊に行わせるつもりだったというのである。
もし,そのような戦闘が行われていたら,その場で自衛隊員に犠牲者が出たかも知れないし,敵対勢力側の自衛隊への認識が変化してその後も継続的に被害が出たかも知れない。自衛隊員がイラクの民間人を巻き込んで殺傷してしまっていたかも知れない。

もし,そのような事態になっていたら,「裁かれてやろう」などという程度の覚悟で,どのように責任を取っていたのだろうか。
自らの生命を以て償うほどの覚悟があったのであればまだしも,「裁かれてやろう」などと発言するくらいであるから,それほどの覚悟はなかったのは明らかである。

政治的な信念のために確信犯を行うというのでは,日本赤軍や連合赤軍などと変わりはない。否,自殺した幹部がいる分,彼らの方がマシとも言えるかも知れない。

このような発言のバックには,安倍首相の世論操作の意図があるのかも知れない。
いずれにせよ,確信犯を行う意向を,しかも国家全体の意志として判断するべき事項を一個人で勝手に判断する思い上がった意向を公然と口にするような人物を国会議員として認めるわけにはいかないのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年8月 7日 (火)

自民党こそが「親方日の丸体質」ではないか?

テレビカメラも入った自民党の会合で,大物議員からの安倍首相続投批判が続出したとのことである。

読売新聞によると,

自民党で7日に開かれた地域ブロック別の国会議員懇談会や代議士会で、安倍首相の参院選惨敗の責任を指摘する意見が相次いだ。一部の派閥幹部からは退陣を促す声も出ており、首相批判はなお広がる可能性がある。

とのことである。

公然と党首を厳しく批判するとは,政党としてあって良いことなのであろうか。
自民党は,「様々な意見を受け入れている」と,一見民主的な運営を装っているが,郵政民営化問題に象徴されるように,大きな問題では党の決定に反することは許さないし,ほとんどの議員はそれに従う。

これは,本来,政治姿勢の大きく異なる者達の集まりでありながら,自民党の看板に頼っているだけ,そして,その看板を支えているのは結局官僚であって,すなわち,自民党議員こそが「親方日の丸体質」なのではないだろうか。

また,世論調査の結果を信用すれば,安倍内閣の支持率の低さの割りに,辞任要望が少ないようである。
これは,安倍氏が首相に相応しいと積極的に考える人が多いわけではなく,単に他に相応しい人物が思いつかないという理由からではないだろうか。

民主党に政権担当能力はないという論調も多い。
しかし,自民党が政権を担っていられるのは,自民党の看板のおかげであり,優れた資質や明確に共通した政治姿勢を持った政治家が集っているわけではないのではないだろうか。
そうであれば,一旦,民主党が政権についても国政運営ができる体制が整ってしまえば,民主党でも十分に政権を担当することは可能ではないだろうか。

それならば結局どちらがやっても同じという意見もあるだろう。
自民党は,官僚支配からの脱却を謳っているが,それならば,官僚との連携ができあがってしまっていない民主党に,一旦政権を委ねてしまうのが近道ではないだろうか。

二大政党制がベストとは思われないが,それでもとにかく複数の政党が緊張感を持って政権奪取を競い合うことは,国民にとってよりよい社会をもたらす可能性が十分にあるのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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「戦争」を実際に行うのは誰か?

最近,映画「父親たちの星条旗」,「硫黄島からの手紙」,「ラスト・サムライ」,「ヒトラー ~最期の12日間~」を見た。
昨日,NHKスペシャルの再放送「硫黄島・玉砕戦」を見た。

美化している面もあろうが,昔の日本軍や侍は,戦争の責任を,かなり地位の高い者や最高責任者が命を以て購うことがよくあったようである。日本では,太平洋戦争の敗戦を受けて自害した大臣もいる。美化する気はないが,ヒトラーでさえ自害した。

今の時代では,わが国でさえ,そのような覚悟を持った指導者はほとんどいないであろう。
(ただ,自衛隊の幹部の方には,そのような覚悟を持った方はおられるだろうと思う。そのような方々には心より敬意を表したい。)

対イラク連合軍の犠牲者の情報のサイトに,犠牲者の氏名や階級,年齢などの情報がある。

犠牲者は,10代や20代の若者がほとんどで,もっと年配の人でも,階級は高くない場合がほとんどである。
一体彼らに,本当にイラクで命を落とすだけの責任や義務や,ましてや罪などあるのだろうか。
死に見合う報償があるのだろうか。
もし命を落とさずに済んでいたとしても,それだけの働きをした見返りがあったのだろうか。

戦争で殺されるのは,古今東西,一般の若者が真っ先である。
さらには,巻き込まれた一般民も多く犠牲となる。
そのような人達に,戦争に対して命を懸けるだけの責任があるのだろうか。

今日(実際はすでに昨日だが)は原爆の日である。
世界の大きな流れの中でも普通に暮らしていただけの,おびただしい数の人を殺戮し,子孫まで害をもたらした原爆を思い,今もイラクで危険な任務に就いている自衛隊員の方々を思い,安倍首相やブッシュ大統領が好む戦争というものを実際に現場で行うのは誰かということを考えるべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年8月 5日 (日)

ジュゴンの絶滅危惧種指定は何を意味しているのか?

メディアはあまり大きく取り上げないが,毎日新聞の記事,「絶滅危惧種:環境省がリスト改訂 ジュゴン、危機度最高に」によると,米軍の普天間飛行場が移転されようとしているキャンプ・シュワブ沿岸(名護市辺野古沖)に生息しているジュゴンが新たに「絶滅危惧1A類」に指定されたそうである。

小池百合子前環境相は,「地球温暖化によりジュゴンの生息北限は上がってきている」などと発言して,極めて強く移転工事を推進する姿勢だった。

大臣が交替し,参院選で自民党が惨敗したこのタイミングで,ジュゴンの絶滅危惧種指定が実現したのは何を意味するのだろうか。

現在の環境相の若林正俊氏が,どういう政治姿勢の人物かはわからないが,内閣改造前に実現しておきたかったのだろうか。それとも,安倍首相・自民党がせめてもの得点稼ぎに利用したのだろうか。
メディアが大きく取り上げないところを見ると,後者はないようにも思えるが,この問題自体に国民の目が集まることを嫌ったとも言えるかも知れない。

いずれにしても,普天間基地移設問題は,地元の人々や環境にとって極めて重要な問題であり,全国民が注視し続けていくべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年8月 2日 (木)

赤城徳彦農相は本当に「更迭」されたのか?

赤城徳彦農林水産大臣の辞任のタイミングを訝る声が多い。
報道では,安倍首相が辞任を指示したのであり,実質的な更迭だとされているが,自分は少し疑問を持っている。

確かに,あそこまで事務所費問題の追及が強ければ,辞めさせてしまった方が火種が消せて都合が良いとは言える。
しかし,松岡前大臣の時は本人が死を選ぶまで辞任を許さなかったし,赤城大臣も選挙前は徹底して庇っていた。
事務所費問題はとぼけ通せても,閣僚交代による任命の瑕疵の責任は形として残る。
だからこそ,選挙前には辞めさせなかったのであり,このタイミングで後任も決めないままに辞めさせるのは理解しがたい。

辞任の前日,安倍首相は次の内閣改造で赤城農相を留任させないことを明言した。
つい赤城農相を替える意志を示してしまったし,辞任の理由が事務所費ではなく敗戦の責任であれば,今辞めさせた方が得策と判断したとも考えられる。

しかし,やはり今辞めさせることは安倍首相にとってデメリットの方が大きいように思う。

安倍首相が赤城農相を替える意志を示したことを,赤城農相は辞任の日の朝まで知らなかったようである。

自分は,赤城氏は,あれほど世論の攻撃に晒されても辞めることを許さなかった安倍首相が,選挙で負けた原因が赤城氏にもあり,次は替えると言ったことに立腹して,または嫌気がさして,安倍首相の意向を会って確認した上で辞表を叩きつけたのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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メディアのネガティブキャンペーンが与党の敗因なのか?

今回の参院選の与党惨敗の原因として,メディアのネガティブキャンペーンを挙げる論調があるが,果たしてそうだろうか。

メディアに登場する人物の中には本気で与党を否定する物言いをする人も少しはいたようだが,新聞社やテレビ局などは企業全体としては,それと悟られぬように与党を擁護する世論形成を図っていたように感じる。

以下のことも,それを象徴しているのではないだろうか。

今日(8/1)の読売新聞の一面トップの見出しは
「首相続投 賛否二分」
である。
世論調査の結果として,「評価」44%,「評価せず」45%だったということである。
これを受けて記事内で
「今回の選挙結果を首相に対する不信任とみなす声もあるが,首相の続投を支持する世論と退陣を求める世論は拮抗していることが明らかになった」
としている。

しかし,世論調査の設問の文面を見ると,

安倍首相は「改革を進め,首相としての責任を果たしたい」として,引き続き政権を担当することを表明しました。安倍首相の決断を評価しますか,評価しませんか。

というものであった。
他の設問は,例えば,「あなたは,安倍内閣を支持しますか,支持しませんか」,「民主党には政権を担当する能力があると思いますか,ないと思いますか」など,シンプルなものが多い。
それに比べて,安倍首相続投に関する設問は曖昧過ぎないだろうか。
なぜ,「あなたは安倍首相の続投を望みますか,望みませんか」などというシンプルな設問にしなかったのだろうか。
このような設問では,回答者の立場として,続投そのものは望まないが,断固として信念を貫こうとする姿勢を評価するというようなものもあり得るのではないだろうか。

何より,
「安倍内閣を支持しない」が59.9%であるのに,
「決断を評価しない」が45.4%であること,

また,
「支持する」が31.7%なのに
「評価する」が44.1%

であるのはどう考えてもおかしい。

この読売新聞による世論調査は,意図的にバイアスのかかった回答を引き出して安倍首相の退陣を求める世論の圧力を実際よりも小さく見せる意図が隠されているのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年8月 1日 (水)

内閣総理大臣はそんなにエライのか?

安倍首相の続投宣言が物議を醸している。

記者会見などで,なぜか「美しい国」と言わず「新しい国」といい,それを造っていくのが自分の使命だと言って憚らない。
「社保庁職員の怠慢や閣僚の不祥事くらいで自民党以外に票を投じるようなことをしない国」を造っていくということだろうか。

幼い子供に「総理大臣って何?」と聞かれると「日本で一番エライ人」と答える人が多いだろう。
安倍首相は,幼児のようにそれを真に受けてか,自身を「権力の頂点にいる」と言う。
首相の座にいる限りは,何でも好きにやって良いと思っており,一日でも長く居座って,ひとつでも多く自分がやりたいことをやってしまいたいと考えているかのような,選挙後の言動である。

確かに,国政の実務上の最高意思決定権を持つ者ではあるが,大前提として,主権者たる国民の付託を受けていることを忘れているのではないだろうか。

現在の国民の意向に反するような新しい国を自分勝手に作れるのは独裁者であり,民主主義国家においては最高指導者であっても当然そこまで「エライ」わけではないのに,安倍首相は,確信犯なのかそれとも自暴自棄になっているのかよくわからないが,そこを勘違いしているのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年7月30日 (月)

参院選の選挙活動で自民党は国民をバカにし過ぎたのか?

昨日の参院選の投票率は58.6%とのことである。
投票率が予想以上に高く,野党に有利に働いたとする論調(例えば読売新聞の記事)があるが,果たしてそうだろうか。

58.6という数字は,絶対的に見てそれほど大きな数字ではない。つまり,浮動票が大きく動いたということではないと考えられる。

自民党は,年金問題で公務員の社保庁職員や自治労を責め立て,付け焼き刃の年金問題対応で世論を味方に付けようとした。
「改革か逆行か」と二者択一を迫った。
公務員を国民の敵に仕立て上げ,シンプルな二択で票を集めようとした小泉首相の郵政選挙と同じ手法であろう。

つまり,公務員を血祭りに上げて,社会を大きく変えるようなイメージを作り出せば,どうせ細かい政策など気にしない国民は票を入れると読んだのであろう。
自民党も,それ以外の選択肢を考えないほどバカではないであろうから,マジメに自党の政策の内容と正しさを訴える選択肢も検討したはずである。
あえて前者を選んだからには,その方が効果的という読みがあったのは明らかである。

それに対して,国民は,大量の浮動票が動くわけでもなく,粛々と与党に「NO!」を突きつけたのである。
この期に及んでも安倍首相は,まるで「ボクが悪いんじゃない」と駄々をこねる幼児のような発言を繰り返している。
労組が推す候補も多く当選した今となっては,「政治とカネ」の件だけが問題であるかのような言い方をしている。
つまり,どこまでも国民は目先の問題に踊らされて野党に票を投じただけだと言いたげである。

自民党は,あまりにも国民をバカにし過ぎているのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年7月29日 (日)

内閣総理大臣は公僕ではないのか?

参議院選挙の結果が続々と報じられており,自民党は36議席程度の見込みであり,惨敗である。

安倍首相が,テレビ各局の中継インタビューに応じていたが,「選挙の責任は私にある」と言いながら,具体的に口にする言葉では責任を感じているようには聞こえなかった。

「反省すべき点は反省する」と繰り返し,それに対する「何を反省するのか?」という問いに挙げたのは,「事務処理の問題である社保庁の問題」,「政治とカネの問題」,「閣僚人事」であった。

インタビュアーの,「年金問題は安倍首相は悪くなくて社保庁が悪い」という言葉に対しても「はい」と答え,「赤城徳彦農水大臣は党よりも自身のための領収書を出さなかったのが選挙にマイナスだった」という言葉も否定しなかった。

「政策の基本路線は国民に理解されている」とも繰り返した。

つまり,安倍首相自身の評価ではなく,社保庁の職員,カネに絡む問題を起こしたり,失言を発した閣僚などのとばっちりで一時的に巻き起こった逆風のせいで負けたと言っているのが明らかである。

「安倍と小沢のどちらが首相に相応しいか?」と自身で問うておきながら,インタビュアーがその点に言及すると,「これからは,民主党に対して耳を傾けるべき点は耳を傾ける」とはぐらかした。「卑怯」の一言に尽きる。(それにしてもこれまでは耳を傾ける気もなかったのだろうか。)

進退を問われても,「新しい国作りはスタートしたばかりで,それをしっかり進めていくことで責任を果たしていきたい,それが私の使命である」と繰り返した。

わが国の主権は国民にある。首相も国家公務員の一人である。国家公務員に使命を課すのは主権者たる国民のはずである。
今回の選挙結果は,これまで自民党・公明党に擦り寄る人々に操られてきたこの国における革命といってもよい結果ではないだろうか。

安倍首相は,自らを「権力の頂点」と言い放ち,自身の使命は自身で勝手に決めて良いと思い上がるのではなく,公僕として国民の声にもっと真摯に応えるべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年7月28日 (土)

今こそ痛みに耐えて政権交代を呼び起こす必要があるのではないか?

民主党が二大政党制への移行を唱え,政権交代の必要性を訴えている。

自分は,二大政党制が良いかどうかはよくわからない。多党制の方が良いのではないかと思っている。(と言いながら,政治学に疎く,それぞれの用語の定義は実のところよくわかっていない。)

しかし,いずれにしろ,まず必要なのは自民党のほぼ一党独裁状態にある現状を打破することである。

自分は,本来は何事においても「ガラガラポン」は好きではない。現状に問題があれば,現状に至る経緯を十分に踏まえて,良いところは残し,悪いところを修正していくことにより,状況は無駄に繰り返すことなく着実に改善されていくと考える。

しかし,今の日本の政治においては,安倍首相率いる自民党が「改革」と称して「ガラガラポン」的な動きをしているように見える。
「それこそが改革だ」との言い方もあろうが,果たしてそうだろうか。というよりも,その「改革」は誰を利するためのものであろうか。

自民党は,これまで行政を官僚に丸投げして,政治家たちはただ保身や私利私欲のことしか考えて来なかったことによる政治システムの疲弊をいいことに,言わば「マッチポンプ」的に,「改革が必要だ」と叫びながら,一般国民を犠牲にしてこの国をアメリカに都合の良い状態にすることで自身の利益の確保を確実なものにしようとしているだけではないだろうか。

この,日本を一部の者たちの私物のようにしてしまう「ガラガラポン」を防ぐために,今こそ政界の「ガラガラポン」が必要なのではないだろうか。

また,今,日本国民は若者を中心に政治に無関心な人たちが多い。
その原因は,圧倒的な組織票による「結局自民,どうせ自民」の現状ではないだろうか。

二大政党制に向かうべきかどうかはわからない。また,民主党に適切な政権担当能力があるのかもわからない。
しかし,とにかく自民党の力を弱めて,政界の勢力図にその時時の国民の意向が的確に反映されるようになるためには,まず自民党以外の政党に政権を委ねて見る必要があるのではないだろうか。

細川内閣成立のときのように,単なる混乱の賜のような政権交代ではない,民意の動向に起因する政権交代を実現すれば,民意が的確に反映された政治システムに変わっていく可能性はある。結局,政治に民意があまり反映されない保守二大政党制になってしまう危険もあろうが,それならば現状と大して変わらないので悪くなるわけではなく,やってみる価値はあろう。

官僚に頼り切りであった自民党に,政治システムの改革,それも一般国民のためになる改革を行うのは無理であろう。

現在の政治システムが自民党を軸に動いているのに,その軸を変えてしまうことは,ある程度システムの退化を招く面はあろうが,それこそが主権を国民に取り返す改革のために必要な痛みであり,その改革が今こそ日本が成熟した国家へ向かうために必要ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年7月27日 (金)

自衛隊イラク派遣の犠牲である香田証生氏の死を忘れてはいけないのではないか?

アフガニスタンで,大勢の韓国人がタリバンに拉致され一人が殺害されるという,由々しき事件が起きている。

状況は異なるが,イラクで武装グループに殺害された香田証生氏のことが思い出される。
イラクに派遣された,また,されている自衛隊は,現在のところ幸いにも一人も犠牲者を出さず,また,一発の弾丸も発射せずに済んでいる。
しかし,イラクの地では,米国のイラク攻撃に関連して4人の日本人が殺され,1人が行方不明となっている。

殺された2人は外務省職員,1人はジャーナリストで,対米の戦闘に巻き込まれたような状況である。
また,行方不明の1人は,民間警備会社社員であり実質的に傭兵という立場である。

これらの事件に比べ,香田証生氏の事件は性質が異なる。
氏を拉致したグループは,反米武装組織の指導者で米国に殺害されたザルカウィ氏が率いているとされる組織を名乗っていた。
そして,氏を人質に自衛隊の撤退を要求し,氏本人にビデオカメラの前で小泉首相へのメッセージを話させ,殺害し,その映像を世界に公表した。

つまり,明らかに日本の自衛隊派遣に対する抗議,報復のために生命を奪われたのである。

しかし政府は,この事件が思慮浅い若者が取った無謀な行動の結果であるかのような世論を形成し,自衛隊派遣に問題はないと言い張った。

一発の弾丸も発せずとも前途ある若者の生命が奪われた。「集団的自衛権」などが認められて,自衛隊が他国の人々に銃を向けることになれば,多数の犠牲者が出ることは確実である。
そして,犠牲になるのは政治家でも財界人でもなく,家族を始めとした日本人を自らの生命を賭してまで守ろうと志した,我々みんなにとって大切な存在である若者である。

集団的自衛権容認や,9条変更を含む憲法改正などの動きは,この国を,上のような犠牲により一部の者たちの繁栄を支えるような国に向かわせるものではないかと思うのだが,どうだろうか。

[記事作成時または作成後にTBさせて頂いたブログ]
日本がアブナイ! 目標はあくまでも当選者40人割れ。国家再興の使命優先、国民軽視の「安倍政権にNO!」を。

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2007年7月26日 (木)

[番外]選挙運動で社保庁攻撃を行う自民党への腹立たしさ

共同通信の記事「社保庁労組は「自爆テロ」 小池防衛相」などに見るように,自民党が社保庁やその労組への批判を選挙運動の前面に押し出しています。

社保庁に問題があるのは明らかですが,それを批判することで自民党が票を集めようとするのは明らかに筋違いでしょう。

社保庁の管理監督責任は政府にあり,長年政権の座に着いている自民党にも当然責任があります。
それを反省して今後のプランを訴えるのならともかく,「自爆テロ」とまで批判して,公務員批判の風潮の強い世論を味方につけようとするのは極めて卑怯なやり口です。

たまたまここで年金問題が表面化しただけで,安倍首相はその責任を被らされて気の毒というような論調がありますが,政府の中心にある自民党の総裁として責めを負うのは当然ですし,増して,年金問題は突然降って湧いた問題でもありません。
そんなことをいうなら,現在社保庁に勤務している職員の中で,年金問題に責任のない方も多数おられるでしょう。
そのような方々と安倍首相と,どちらが気の毒かといえば,答えは明らかだと思います。

社保庁攻撃を選挙材料にする自民党は,そのような善良な一般国民を踏みつけることで,自らの地位を守ろうとしていることに他なりません。

同じ事を訴えるにも,これまでの自らの責任を真摯に反省し,謝罪した上で,責任のない職員への対応も十分考慮した形で,年金問題への対処プランを示すことは可能です。
あえてそれをしないで社保庁攻撃に徹する自民党の姿勢には,非常な腹立たしさを感じます。

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2007年7月25日 (水)

読売新聞に載った葛西敬之氏のコラムは公選法違反ではないか?

7月23日付けの読売新聞のコラム「地球を読む」に,JR東海会長であり,国鉄民営化に強い力を発揮した葛西敬之氏の一文が掲載された。
内容は,社保庁を国鉄になぞらえて,安倍首相の社保庁改革手法を強く支持するものである。

内容をいくつか抜粋すると,

年金記録の不備は国鉄と同様,長年にわたる労務管理不在の結果であり,そのことを現政権の責任に帰するのは不公平である。

毅然として国会の会期を延長し,「日本年金機構法」を成立させるとともに,時効による支給漏れを防ぐ「年金時効特例法」を急遽定めた安倍政権の危機対処能力は評価に値する。

などである。

「現政権の責任に帰するのは不公平である」のであれば,現在の若い職員までクビを切るのは不公平であろう。
また,国会会期を延長して急遽法案を成立させたのは,「危機対処能力」などではなく,「選挙対処」であり,もっと時間をかけて適切な対処法を検討するべきだったであろう。

参院選真っ只中の現在に,安倍首相と親交の深い葛西氏のこのような文章を掲載するのは,公選法に違反する選挙運動ではないかと思うのだが,どうだろうか。

なお,自分は国鉄民営化自体を支持しないが,譲って国鉄民営化を是としたとしても,営利追求がサービス向上につながる鉄道会社と異なり,組織の利益を優先することが許されない社会保険運営組織を,国が直接運営しないものとするのは不適切だと考えるのだが,どうだろうか。

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2007年7月24日 (火)

参院選の投票時間繰り上げは無党派層票減らしか?

日経新聞によると,参院選で,全国約5万1700の投票所のうち約1万4800カ所で,原則午後8時までの投票時間を繰り上げる予定であることが判明し,繰り上げる投票所数は2004年の前回参院選よりも約3400増加するとのことである。
前回に比べて,23%,約1/4の増である。
これが政府の圧力かどうかはわからないが,明らかに無党派層の票の減少につながるであろう。
時間のやりくりをしてまで投票に行かない人には,無党派層の割合が多いに違いないからである。

社保庁の職員や公務員全体の働きぶりに批判が集中し,公務員は身を削ってでも働けといわんばかりの風潮の中において,夜間の投票者が少ないからとか,開票作業を早くするためなどという理由は,普通の国民には納得できる理由ではないだろう。

こんな暴挙を許せるのは,内閣の支持率が低下していてこのままでは野党に投票する可能性の高い無党派層の票が減ることを歓迎する,与党候補者やその支持者くらいではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年7月19日 (木)

柏崎刈羽原発の想定震度は適切なのか?

新潟県中越沖地震で,柏崎刈羽原発において火災や放射線漏れが発生した。
山陽新聞によると,東京電力は地震の揺れが耐震設計の基準である「限界地震」を大幅に上回ったとのことである。つまり,「想定外」の震度であったということである。
原発に限らないが,100%安全ということはあり得ないのはわかる。
しかし,限界をどこに想定するかは,限界を超えたときの損害の大きさとの兼ね合いで決めるべきものである。
原発が損壊した場合の損害は,地球的規模で甚大なものである。当然,想定されている限界は相当に高いものと思っていた。
震度6強よりも大幅に低い限界が想定されているのだろうか。
原発に関する技術については,他国の核開発につながるので出せない情報というのも多いのだろうが,それでも,日本国民,さらには全世界の人に対する責任として,安全確保の技術に関しては,人を安心させるに十分な情報公開が必要ではないかと思うのだが,どうだろうか。

ちなみに,同じ記事によれば,「地震発生後,間もなく火災が確認されたが,119番が掛かりにくく,消防隊の到着も遅れて」鎮火が遅れたとのことである。
原子力発電所という,世界最先端の科学技術を集めたはずの施設で,火災が起きた際に一般人と同様に119番に電話して消防隊を呼ばなければならないというのは,笑えない笑い話ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年7月18日 (水)

[番外]Yahoo! みんなの政治

このところ番外が多いですが。。。

Yahoo!の「みんなの政治」というサイトがあります。
今日,ラジオで担当者の方が,「若い人に選挙に興味を持って貰おうと立ち上げた」と話しておられました。
パラパラと見てみましたが,政治に無関心な若者を惹きつけるにはまだ弱いかなと思いました。
それでも,こういった試みは大いに応援したいところです。

このサイトに,「政治ポジションテスト」というのがあります。
私もやってみましたが,私は「リベラルかつ大きな政府を目指すタイプ」だそうです。まぁ,そうですかね。
近い考えの政治家は,
村山富市,美濃部亮吉,H.チャベス,F.カストロ,J.F.ケネディ
だそうです。
あり得ない仮定ですが,自分が社会党委員長だったら,首相は引き受けなかったかなと思いますが。
あと,カストロ議長とケネディですか。。。

ある意味,自分を見直すいい機会を与えてくれますね。

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2007年7月17日 (火)

[番外]丸川珠代氏の転入届出し忘れ

自民党から参院選に出馬している元テレビ朝日アナウンサーの丸川珠代氏が,3年前にニューヨーク勤務から帰国した後,転入届を出していなかったそうです。

スポーツ報知の記事

ハガキを持たずにマスコミ引き連れて投票に行って,指摘されて始めて気付くというのが信じられません。
3年間どころか,成人してから一度も選挙の投票には行っていなかったのでしょうか。
ちょっと自民党には痛いニュースですね。
それにしても,ごく一部でしか報道されていないのは,公選法をちらつかせての自民党の圧力でしょうか。

[記事作成時または作成後にTBさせて頂いたブログ]
お玉おばさんでもわかる政治のお話 野党にはパフォーマンスが出来ません・・・
 (あまり内容が関連してないですが,与党のパフォーマンスの失敗例ということで。)

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2007年7月16日 (月)

社保庁全員解雇を叫ぶ竹中平蔵氏に安倍首相は無責任に同調するのか?

ブログ Dogma and prejudice の記事,【竹中平蔵「年金問題は労働問題」全員解雇】を拝見して,以下の動画を知った。

竹中平蔵「年金問題は労働問題」全員解雇(Ameba Vision)

竹中氏はテレビ番組の中で,
「年金問題は労働問題,事務屋のチョンボだから全員解雇,年金納付に不明な点がある人は全員救済して,そのための無駄な支出は職員の給料を充てればよい。」
と言い放っている。

二流評論家でもあるまいし,出来もしないことを人目を引くためにこんなことを言うとは,さすが,小泉氏に気に入られたのを良いことに日本社会で自分の学説の実験を行い,やりたいことをやったらさっさと辞めて好き放題金儲けをしている人物だけのことはある,と思ったが,その後,「安倍首相も同じ考えだ」と言っている。

「事務屋のチョンボ」,つまりシステム的には何の問題もないのに,単なる現場のミス・怠慢だと言っている。これだけ大規模な「チョンボ」が,問題のないシステムで発生するという考え方は,社会科学系の学者とはいえ,所詮,経済学者で国の財政などを専門とする,「机の上だけで庶民の生活までわかったつもりになっている,またはわかるつもりもない」人種ならではのものであろう。
企業の経営などに明るい学者であれば,他意なくしては,こんな発言はしないであろう。

ついでに揚げ足をとれば,「労働問題」とは本来,労働者側から見て不利な状況をもたらす問題をいうものであり,明らかに誤用である。こういった点も,実際の組織運営に疎いことを表しているのではないだろうか。
(そういえば,安倍首相も「年金問題は労働問題」と口にするのを聞いたことがあるように思うが。)

システム全体の管理者の責任は問わず,現場にすべて押しつけて,しかも軍隊でもあるまいし連帯責任で全員解雇など余計な混乱を招いて年金受給者にしわ寄せが行くようなことを声を荒げて言い張るなど,とても大臣まで務めた人物として適切な言動とは思えない。
また,「全員解雇」などと威勢のいいことを言っているが,どうせ一部のキャリア官僚は出向扱いになって官僚としての経歴にはほとんどキズは付かないようにするのだろう。
本当に痛い目を見るのはシステムの歯車として働いてきた人達である。

もし,安倍首相も同様の考え方をしているとしたら,極めて無責任に,人気取りのパフォーマンスに走っているのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年7月14日 (土)

[番外]選挙のための「消えた年金」認定

バタバタと,15件の「消えた年金記録」が第三者委員会によって納付されたものと認定されました。
まぁ,わかりやすい選挙対策ですね。
被害者の象徴的に扱われてきた中村正見さんご夫婦の分も認められました
ご夫人の美津子さんが,「選挙のおかげ」と涙ながらに仰っていましたが,当事者の正直な感想でしょう。

「第三者」と言いながら,政府の意向に沿った動きをする,最近多い「有識者会議」などと同じですね。

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安倍首相は誰を惹きつけようと語っているのか?

安倍首相が盛んにテレビ出演している。

多くを見たわけではないが,非常に多弁である。自分などはうるさく感じるほど多弁である。
良く言えば堂々とした,悪く言うなら人を見下すような態度で話すことが多い。
首相就任の前や当初はもっと謙虚な態度だったと思う。時に頼りなく感じるほどだったように記憶している。

ある頃から,安倍首相は人前で話す態度が随分と変わってきた。
電通かどうかは知らないが,専門の指導者にコーチを受けたことは明らかであろう。
そして,安倍首相が心からわき出る言葉を真摯に語るのではなく,テクニックを駆使して計算高く話しているのは明らかに見て取れる。

気になるのは,どのようなタイプの相手を惹きつけることを想定したテクニックであるかである。
テクニックで万人を惹きつけるのは無理であるから,対象を絞っているはずである。

自分は安倍首相がテレビで話すのを見ていると,「独裁者タイプ」を演じているように感じる。
自身の話す内容に理屈抜きで確信を持ち,否定してくる相手には,小馬鹿にするか居丈高に反論する。その場を自分のペースでコントロールしようとする。
頻りに「私の内閣」と言うが,あれだけ繰り返すのは,つい口に出るのではなく,強いリーダーシップを持つように見せるために意図的に選んだ言葉であろう。自分は嫌悪感を持つが。

そのようなタイプが惹きつけるのは,自身の人生に不安を持ち,また,自身の思想が弱く周囲に流されやすい人達ではないだろうか。

そうだとすれば,安倍首相は,国民の多くは自身の考えを持たない,民度が低いと考えていることになるだろう。
ひとことで言えば「バカにされている」ということだろう。

国民は,テクニックに惑わされることなく,安倍首相が語る言葉の裸の姿をしっかりと捉えるように努めるべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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お玉おばさんでもわかる政治のお話 おかしいぞ、首相の理屈

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2007年7月11日 (水)

改正政治資金規正法は「みんなで決めたルール」か?

産経新聞によると,安倍首相が

赤城徳彦農水相の事務所費問題には「赤城氏は詳細に説明をしており、問題はない。政治資金はみんなで決めたルールを守っていくことが大切だ」と述べ、十分に説明責任を果たしたとの考えを重ねて強調した。

とのことである。

「ザル法」との指摘を無視して数の力で強行採決した改正政治資金規正法を早くも「みんなで決めた」と言い切るとは,多くの国民はどうせニュースなど見ておらず,成立の経緯など知らないだろうという,国民を馬鹿にした態度ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年7月 8日 (日)

久間発言は昭和天皇のご発言と同じ意味なのか?

防衛相を辞任した久間章生氏の,原爆投下に関する「しょうがない」発言を,昭和天皇の発言を引き合いにして「問題はない」とする論調がある。

久間氏の発言と昭和天皇の発言は,果たして同一視できるものなのであろうか。

昭和天皇は,1975年に訪米し,帰国後の記者会見に応じた。
その際に,

戦争終結に当って、原子爆弾投下の事実を、陛下はどうお受け止めになりましたのでしょうか、おうかがいいたしたいと思います。

という質問を受け,昭和天皇は,

原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾には思ってますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむを得ないことと私は思ってます。

とお答えになった。(日本記者クラブの「特記すべき記者会見」より)

これが果たして昭和天皇の立場においてベストの回答であったかどうかはわからない。もっと曖昧な答えをすることもできたとは言える。

しかし,昭和天皇は,米国との戦争の当事者である。そして,自身の生命を懸けて,また,敗戦後の日本の運命を懸けて降伏の決断をされ,様々な背景や経緯はあったにしろ日本の再興を支援した米国を訪ねて,感謝の意を表明して来た直後の記者会見の場である。
しかも,完全に不意打ちである質問に,瞬時に回答することを求められたのである。

また,終戦間際,昭和天皇は決定的な混乱が起きないように降伏の意を表す機を窺っていたのではないかと思われる。原爆投下は,「降伏やむなし」とするきっかけのひとつとなったのは確かであろう。

そのような,他人には到底想像し得ないような複雑な立場で,どう答えればよいというのか。まさか米国を責めるわけにもいくまい。苦渋の選択として「やむを得ない」という言葉を選ばれたのではないだろうか。
増して,結果的に良かったというような意味は込められてはいないであろう。

昭和天皇という,この上なく複雑な立場で,不意の質問に苦しんで苦しんで絞り出した一言と,現代の防衛大臣として,北海道も占領されず戦争もあれ以上長引かず,「そういう意味では良かった」と言っているようにしか聞こえない発言とは,まったく意味が違うのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年7月 4日 (水)

久間防衛相の辞任は選挙のために「しょうがない」だけのことなのか?

久間防衛相が,「原爆投下はしょうがない」発言の責任を取る形で辞任した。

久間氏は会見で,「公明党も含めて与党が困っている」,「選挙前に不用意な発言だった」などと述べていた。
それならば,選挙前でなければ辞任はしなかったということだろうか。

また,「しょうがないは方言で口癖でもありポッと出た」などとも述べていたが,「しょうがない」の一言が問題だと思っているのだろうか。
「日本が降参するだろう,ソ連の参戦を止められるというアメリカの判断だった」,「幸いに北海道は占領されずに済んだ」,「あれで戦争が終わったんだという頭の整理をしている」などという発言をしているのだから,これらをトータルで見て,「原爆投下容認」と取れるのである。「しょうがない」の一言は象徴的に扱われているに過ぎない。
「原爆投下は重大な戦争犯罪である」,「使用する必要はなかった」などと述べた後に,「今さら言ってもしょうがない面はあるが」などと言ったのであれば,久間氏の弁明も理解できるが,状況は全く異なる。

久間氏は選挙前の言葉狩りの被害者などではなく,確かに防衛相としては不適格な人物ではないかと思うのだが,どうだろうか。

ついでながら,小池百合子氏が後任となったが,我が国の防衛の責任者となるだけの見識があるとは思えず,これも選挙だけを意識した不適切な人事ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年7月 3日 (火)

安倍首相は国の指導者としての責任を理解しているのか?

読売新聞の7月2日付け紙面の特集記事によると,

「首相になったのだからやりたいことをやる。やるだけのことをやって,それでも参院選で駄目だったら責任をとればいい」
首相は折に触れ,こうした思いを政府・与党幹部に伝えている。

とのことである。
もしこれが真実であれば,安倍首相は一国の指導者としての責任を理解しているのか疑問である。

小さな組織ならまだしも,1億3千万の国民を抱えた大国である。一度決まって動き出したことを簡単には止められないし,増して元に戻すことはできない。

「責任をとる」と言っても,辞任するだけのことであろう。国に与えた損害を補償できるはずはないし,する気もないだろう。世が世なら切腹くらいはできるだろうが,それに匹敵する覚悟もないであろう。

こんなにも無責任な考えで,参院選日程を変更させてまで国会を延長して多くの法案を強行採決したのは,民主主義国家の指導者としての責任よりも個人的な野望を優先しただけであり,また,与党としての保身のためにそれを許した自民党にも問題があるのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年7月 1日 (日)

久間防衛相は心から反省しているのか?

久間防衛相が「原爆投下はしょうがない」発言に関して謝罪する記者会見を行ったとのことである。

いくつかのテレビ局のWebサイトで会見の動画を見たが,薄ら笑いを浮かべて話しており,誠意はあまり感じられない。
しかも,NHKの動画を見ると,「県民の皆様や国民の皆様に,ある意味ではご迷惑をかけている」という発言を,「ある意味では」のところを語気を強めて話している。
本心から自らの言動を不適切とは思っていないのではないだろうか。

また,それらの動画はかなり短いものであったが,時事通信社のサイトにやや詳しい会見内容があり,その中で,「米国は米国としてそういう選択(原爆投下)を、戦争を終わらせるためにしたんだなという感じで言った。」という発言が紹介されていた。
この発言は,「しょうがない」と本質的に同じ意味ではないだろうか。
(しかも,原爆投下は「戦争を終わらせるため」ではなく単なる「実験」であったとする説はかなり有力である。)

「野党に発言を利用されて脇が甘かった」などとも発言している。

どう見ても,本心から反省する気は全くなく,ただ選挙のためだけのパフォーマンス,それもいかにも「嫌々」であるのが明らかではないかと思うのだが,どうだろうか。

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お玉おばさんでもわかる政治のお話 原爆が落とされたのは「しょうがなかった」ことなの?

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久間防衛相を庇う安倍首相は同罪ではないか?

久間防衛相が,広島,長崎への原爆投下について,戦争終結,ソ連による北海道占領を防ぐために「しょうがない」ことであったと発言した。
唯一の被爆国として,核兵器廃絶の先頭に立つべき国の大臣,しかも防衛相の発言として不適切であることは誰の目にも明らかである。
発言時の状況はわからないが,どんな状況であったとしても,また,個人的な考え方がどんなものであったとしても,建て前を崩してはいけないのは,大臣でなくともまともな大人なら当然わかるはずである。

これに対して安倍総理は,詳細は知らされていない段階であるが,「米国の考え方を紹介したもの」などとして問題はないものとの考えを表明した。
しかし,久間防衛相は,「アメリカをうらむつもりはない」とも発言しているのだから,本人の考えに基づいた発言であることは明らかである。

発言内容の重大さを認識できるならば,「発言の詳細はわからないが,真意が伝わっていないのだろう」程度が,庇うにしても精一杯の反応だろう。

平静を装い,その場の思いつきとしか思えない理屈で久間防衛相を庇うことしかしない安倍首相は,発言を聞いた国民,特に被爆者やその関係者に全く思いが至っておらず,保身と選挙のことしか考えていないことが明らかであり,久間防衛相と同罪で首相として全く不適格ではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年6月28日 (木)

[番外]あきれた自民党の実態

さきほど番外記事を書いてから,他の方のブログをながめていたら,こんなのを見つけました。

あきれた社会保険庁の実態」(by 自民党?)

このブログを見ていただける方なら,何も書かなくとも,これを見て私が何を思うかわかっていただけるでしょう。
本当に自民党が作ったのでしょうか。自民党を陥れようとする者が作ったのでしょうか。自民党は本当にここまで馬鹿な人達の集まりなのでしょうか?

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2007年6月27日 (水)

[番外]年金問題に絡んだ政治家や社保庁職員の賞与返納のバカバカしさ。(その2)

一昨日の番外記事にひとこと補足します。
「自主返納」といいながら,返納しなければ社保庁を改組する場合に新組織で雇用しないなどと恐喝行為まで行われていますが,返納されたとして,その億単位の金は何に使われるでしょうか?
突然降って湧いた予算など,短期間で拙速に検討されて,どうせ大した使い方をされないのは目に見えています。
全体の状況をきちんと考慮しない,極めて姑息な行為です。
まさかとは思いますが,政府は「2ちゃんねる」でも見て,その参加者を味方に付ければ選挙に勝てるとでも思っているのかも知れないと考えてしまうほどです。
本当に馬鹿馬鹿しくて呆れ果てます。

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2007年6月25日 (月)

[番外]年金問題に絡んだ政治家や社保庁職員の賞与返納のバカバカしさ。

あまりにもバカバカしく,くだらなく,国民を馬鹿にした話であることに一点の疑いも持たないので,Questionではなく番外としました。

毎日新聞によると,

社会保険庁の村瀬清司長官は25日夜、記者会見し、年金記録漏れ問題への反省の意を示すため、村瀬氏自身6月の賞与全額(約270万円)を返納するほか、約1万7000人の全職員に賞与の一部自主返納を求めることや、社会保険事務所長以上で退職したOBにも同等の寄付を求める考えを明らかにした。

とのことです。他にも首相や厚労相,厚労省事務次官などもボーナスの一部や全額を返納するそうです。

このことを決めるために,いったい何人の公務員や政治家が何時間かけて検討したのでしょう。また,実際の手続きに,何人の公務員がどれだけの時間を割くのでしょう。

そんな暇があったら,一件でも多くの年金記録の確認を行うべきでしょう。効率的に確認する方法の検討を行うべきでしょう。
「今,何が一番重要なのか?」の感覚がずれているとしか言いようがありません。
また,こんなことで国民の怒りが和らぐと考えているのならば,これほど国民を馬鹿にした話はないでしょう。

間違っても,こんな愚行を微塵でも評価するべきではありません。

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2007年6月24日 (日)

公務員の労働組合は不要か?

このブログからもリンクさせて頂いているブログ「公務員のためいき」で,「労働組合はいらない?」という記事が出された。
同ブログでは最近,社保庁と年金の問題に絡んだ記事がいくつか出されて,それに対して,公務員や公務員労組を批判する厳しいコメントが相次いでいる。同記事に対しても,厳しいコメントが寄せられている。
自分もこの問題に思うところがあり,乱文ながら少々記してみたいと思う。

本来,労組は組合員の権利を守るための組織であり,労組と雇用主との争いはパワーゲームである。
近代の,資本家階級と労働者階級が明確に分かれていた状況では,労働者は一方的に自らの権利を主張することで,パワーバランスが取れていたのだろう。
しかし,雇用主が他の同業者と厳しい競争をしなければならない場合,組合が権利を主張しすぎるとバランスが崩れて雇用主の力が弱まり,同業者との競争に敗れて労使共倒れとなる可能性があり,昨今は労使協調路線が取られることが多いのだろう。
ただ,現在の日本では格差が拡大し,企業も淘汰が進んで競争が弱まり,やや近代に逆戻りしている状況のように感じるので,労働組合の存在意義は今後再び強まっていくものと考える。

公務員であろうが,民間企業従業員であろうが,雇用主に処遇や人事を握られている弱い立場の労働者であることに変わりはない。

幹部でない一般の公務員は,大企業の従業員などと同じく,雇用主の指示に従って労務を提供する労働者であり,組合を持つ必要性において何ら変わりはないと考える。

ただ,自衛隊や警察など,身体に危険が及ぶ可能性のある指示が出されるような職種においては,労使対等を前提とした組合は馴染みにくく,現状では存在できないのは仕方ないだろう。

昨今の世論は,公務員に武士道を求めているように感じられる。
「水戸黄門」のテレビドラマが延々と続き,「お上」などという日本語がまだ飛び交う今の日本社会では,「役人=武士」というような感覚が庶民の中に生きているのかも知れない。

自分も,「エリート」には武士道を期待したいと考えるし,自分自身も一応「エリート」の末端に引っかかっているつもりである(学力社会の恩恵による成り上がりであるが)ので,ある意味で「サムライ」でありたいと考えている。
しかし,多くの国民や公務員でも労組に加入するような末端の職員については,今の時代であるから「市民」であることは求めたいと思うが,「武士道」を求めたいとは思わない。(高みから見るような言い方で嫌悪を覚える方も多かろうが,正直な思いである。)

ふざけたような言い方になるが,「サムライ」たるもの,世の太平を願い,そのためには労働者の権利の保護は重要だと思っている。

「サムライ」であるべき「エリート」である高級公務員や政治家などには,ある程度の「滅私奉公」を求めたいと思うが,労組に入れるような公務員は,基本的に一般労働者と同等に扱われるべきだと考える。

しかし,「パワーゲーム」である労働運動において,公務員労組は力を持ちすぎてパワーバランスを崩さないように自らを律する必要はあるだろう。
その意識がやや欠如して,昨今の様々な問題を招いている部分があるのかも知れない。

いずれにせよ,労働運動は今後の日本において重要性を増し,一般の公務員もその担い手であるべきことに変わりはないのではないかと思うのだが,どうだろうか。

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公務員のためいき 労働組合はいらない?

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2007年6月22日 (金)

社会保険庁は年金記録問題は参院選と切り離して慎重に扱うべきではないか?

年金問題で,読売新聞が次のように報じた。

年金データ作り直し 手書き原本、再入力

要約すると以下のような内容である。

社会保険庁は手書きやマイクロフィルムの原本を手作業でコンピューターに再入力し、データベースを作り直す方向で検討に入った。入力作業は、民間の情報処理会社へ外部委託する方向。アルバイトなどでも作業できるような方法を定め、1年程度で作業を終えたい考え。「情報処理の世界では、コンピューターに再入力して照合する方が、時間もコストもかからないというのが常識だ」(自民党筋)ということで方針を転換する。

報道の真偽は不明だが,真実だとすると拙速過ぎないだろうか。
データ数は億単位で,莫大な費用が必要である。アルバイトが作業して,ミスにミスを重ねるような事態は起きないのか,個人情報は保護されるのか。「情報処理の世界の常識」などと言っても,知識のない政治家が企業の言うことを鵜呑みにしているだけではないのか。

疑問は尽きない。

再入力してプログラムで照合というのが,ベストではないにしても最も無難な方法であるのは分かる。あれこれ考えていても,すっきり最初からやり直しても,結果に大きな違いは出ない可能性が大きいだろう。
しかし,事は多くの国民のひとりひとりの老後の生活に直結しているだけに,「結果が及第点ならよし」というような方法を選択するのは不適切ではないだろうか。

参院選などとは関係なく,しっかりと予備調査を行った上でベストと判断できる方法を探るべきだと思うのだが,どうだろうか。

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国民はイラクに派遣されている自衛隊員やその家族の気持ちを考えているか?

イラク復興支援特別措置法の2年間延長のための改正を,与党が数に任せて強行に可決した。

アメリカ国内でもイラク派兵に関しては世論が二分しているのに,ここまで自衛隊派遣にこだわるのはアメリカの現政権の機嫌取り以外の何物でもない。
ただ,それを利用して自衛隊の存在感を増して憲法改正を支持する世論を形成しようとする思惑もあるだろう。

自分は,生命を賭して我が国の防衛に努めてくれている自衛隊員の諸氏を尊敬するし,共感もする。
しかし,彼らはその家族や友人,日本国民を守りたいと思っているのであって,国民を危険に晒してでも,アメリカの機嫌を取ったり海外派遣により国際社会での存在感を高めようとしたりするために日々厳しい任務に就いているとは思いたくない。
現代の戦闘では身体に危険が及ばないであろう幹部の中には,傲りからそのような考えを持っている者もいるかも知れないが。

また,彼らはその派遣に何百億もの税金が使われていることを不本意に思ってはいないだろうか。

イラクに派遣されている隊員やその家族は,個人的な感情を押し殺して,黙々と任務をこなし,生活しているのではないかと思う。

国民は,イラク問題を考えるとき,派遣されている自衛隊員やその家族ひとりひとりの気持ちにまで思いを巡らせるべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年6月19日 (火)

「公務員はクビにできないが公務員でなければクビにできる」は本当か?

「公務員はクビにならない」とよく言われる。
今,話題になっている社保庁改革に関しても,与党案の「非公務員型組織への移行」により「非公務員化」すればクビにできるという解説をよく耳にする。

果たして本当なのだろうか。

民間企業は,従業員のクビを自由に切れると思っている人も多いようであるが,そうではない。
労働基準法第18条の2は,

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

と定められている。
また,第89条において,解雇の事由は就業規則に定めることを義務づけており,規則にない理由で解雇した場合,裁判になれば無効にされる場合がほとんどだそうである。

「社会通念上相当」であるかどうかの一般的な基準に関しては,「労働基準法」,「解雇権濫用の法理」,「整理解雇」,「客観的に合理的な理由」などをキーワードに検索すれば多くの情報が得られるが,例えば神奈川労働局のページ岩手労働局のページも参考になる。

要するに,社会の多くの人が,「それは仕方ないだろう」と納得する理由でなければ民間企業でも従業員のクビは切れないのである。しかも,いわゆる「リストラ」としての人員整理のための整理解雇であっても,「整理解雇の四要件」を満たす必要があり,そう簡単にはできない。

一方,国家公務員法第75条には,

職員は、法律又は人事院規則に定める事由による場合でなければ、その意に反して、降任され、休職され、又は免職されることはない。

また,第78条には,

職員が、左の各号の一に該当する場合においては、人事院規則の定めるところにより、その意に反して、これを降任し、又は免職することができる。
1.勤務実績がよくない場合
2.心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合
3.その他その官職に必要な適格性を欠く場合
4.官制若しくは定員の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合

と定められており,さらに上の第75条で触れられている人事院規則一一一四には,(ここで法とは国家公務員法である)

法第七十八条第一号の規定により職員を降任させ、又は免職することができる場合は、法第七十二条の規定による勤務評定の結果その他職員の勤務実績を判断するに足ると認められる事実に基き、勤務実績の不良なことが明らかな場合とする。

2  法第七十八条第二号の規定により職員を降任させ、又は免職することができる場合は、任命権者が指定する医師二名によつて、長期の療養若しくは休養を要する疾患又は療養若しくは休養によつても治ゆし難い心身の故障があると診断され、その疾患又は故障のため職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えないことが明らかな場合とする。

3  法第七十八条第三号の規定により職員を降任させ、又は免職することができる場合は、職員の適格性を判断するに足ると認められる事実に基き、その官職に必要な適格性を欠くことが明らかな場合とする。

4  法第七十八条第四号の規定により職員のうちいずれを降任し、又は免職するかは、任命権者が、勤務成績、勤務年数その他の事実に基き、公正に判断して定めるものとする。

と定められている。

すなわち,国家公務員といえども,社会の多くの人が,「それは仕方ないだろう」と納得する理由があればクビを切れるのである。

ただし,これらは法令上の話であって,実際には,民間労働者の多くがその権利の存在や行使の手段を知らなかったり,公務員の組合が強かったりするなどの理由で,民間労働者はクビを切られやすく,公務員は滅多に切られないという現実になっているのであろう。
公務員の労働組合も,社会人としての節度を民間労働者よりもやや強く意識する必要はあろうが,民間労働者は,政府与党や財界人などに踊らされていたずらに公務員批判を繰り返すよりも,自らの権利をきちんと学んで守る努力をするべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年6月11日 (月)

オンライン端末の45分操作15分休止は異常か?

社保庁の労組と当局の覚書がセンセーショナルに取り上げられている。

その中で,「端末を45分操作したら15分操作しない時間を設けること」という内容を,あたかも「45分働いたら15分休め」という内容であるかのように伝えるメディアも多い。
正しく伝えているメディアにしても,やはり異常なことのようであり,お決まりの「民間ではあり得ない」という言い方で伝えている。

しかし,2006年に厚生労働省より各都道府県労働局長宛に,VDT(Visual Display Terminals,ブラウン管や液晶のディスプレイを持つ端末機)作業における労働衛生管理のガイドラインを発している。
その中で,
「連続作業時間は1時間を超えないようにすること。」
「連続作業と連続作業の間に10~15分の作業休止時間を設けること。」
と定められている。

つまり,現在の民間企業においても,パソコンやオンライン端末機は,45~50分操作,10~15分休止は,労働者の健康を保つために守られるべきルールなのである。

このような情報を知ってか知らずか,労組と当局の覚書を,殊更に労組が理不尽に業務量を減らしたいがために無理矢理取り交わしたもののように報じるメディアは,政府与党や財界の労組潰しに荷担しているだけではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年6月10日 (日)

国民は今回の年金問題を機会にもっと政治に興味を持つべきではないか?

先日5月30日の本ブログの記事「年金問題で国民はここまで馬鹿にされて良いのか?」で,「年金という,極めて全国民の生活に密着した問題でさえ,与党にここまで馬鹿にされて,国民はもっと怒るべきではないかと思うのだが,どうだろうか。」と書いた。
郵政民営化,自衛隊イラク派遣,耐震偽装,アメリカ牛輸入,教育基本法,格差問題,政治とカネの問題など,国民不在で動かされている政治問題は数え切れないほどある。
しかし,日本国民はとても大人しく,政治に無関心で,政府与党の数に任せた横暴が好きなようにまかり通ってきた。
今回の年金問題も,政府与党は強行採決で乗り切ろうとして,自分もそのまま押し切られることを危惧して先のような記事を書いたのだが,さすがに懐に直接手を突っ込まれるようなことには,さすがに国民も怒りを顕わにしたようである。

参院選挙を意識して民主党などが好機と見て強い態度に出ているというのもあろうが,社会保険事務所などへの問い合わせが殺到していることなどから見ても,国民の興味も他の問題よりもかなり強いのは間違いないだろう。

国民は,きちんと声を上げれば無力ではないということを今回の件で認識して,ほとんどの政治問題は間接的にでも国民一人一人の生活に関わることであるので,今後も意識を高く持って情報をきちんと押さえ,声を上げるべき時には上げるようにするべきではないかと思うのだが,どうだろうか。

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2007年6月 4日 (月)

5000万件の年金記録が宙に浮いたのは労組のせいか?

5000万件の年金記録が宙に浮いた問題で,社保庁の労組を責める論調が見られる。
確かに,コンピュータの導入などの業務の合理化の動きに対して,業務量が減ることによる定員削減を危惧して反対するなどの運動もしていたようであり,このような運動はどのような観点から見ても行き過ぎだと思う。

しかし,スト権のない公務員労組に対して,幹部がそれほど組合のいいなりになる必然性があるとは思えない。
幹部も,公共サービス向上よりも面倒